2012年01月26日
イタリア、食い倒れの旅13ピッツア編
コロッセオを充分見学した後は、古代ローマ時代の政治・経済・商業の中心であったフォロ・ロマーノをサラッと散策。
時代にして3世紀から6世紀頃と言われてますから、当然辺りは遺跡だらけ。

正直わたし、遺跡とかは判らんとですよ。あまりピンとこないと言うか、まぁつまり教養の問題なんでしょうねぇ。
過去のある時代の、人々の営みややらかした事件とかに、思いを馳せ、そこに人間の壮大なドラマを手前勝手に空想する、ってのは大変な知的エクササイズと言いましょうか、高尚な趣味と言えましょうか。
ああだだ残念、我が輩にはその手の才能がありませんですよ。
こちらは何かにつけよく話しに出て来る元老院だったっけな。ごめんなさい、未確認です。何分歴史音痴でして・・・。
帰り道は地下鉄「コロッセオ」と言う駅から乗車。宿に帰って荷物をピックアップ。その足でローマ駅に向かいました。
ちなみにこの地下鉄がコロッセオの真下を走っているらしく、その振動で崩壊が止まらないだとか。
またなんでそんな直下に線路通すか?って話しなんですが、そこんところがラテン的と言うかなんと言うか。
問題があったらなおせばいいじゃん・・・ってノリなんでしょうね。大らかな気質ですよね。
駅に着いてナポリまでの特急列車の切符を買いました。
はじめ切符売り場とごかしら・・と探していると、ただの人気の無い壁に自販機がありまして、英語バージョンを選択したら、意外にも簡単に目的のものが購入出来、ちょっと拍子抜け。
わりと便利じゃないですか、この国。
その後、出発までの時間を駅ビルのビュッフェで昼食して過ごす事に。
ウチの子、試しに少しの間放置してみて、遠くから観察してみると・・・・・、意外にも普通にしていて落ち着いています。
おおなんだ、案外セガレも逞しいじゃないかぁ・・・・なんて感慨にふけったりして。
まぁもっとも、出国前に買い与えた「てれびくん」に見入っていただけだったのです。
こんな面構えの国営鉄道の列車で2時間余り。乗り心地はけっこう快適です。
気が付けばもうナポリに到着。
10月15日のナポリは雨風模様。ローマより南に下ったのに随分肌寒く感じます。
ローマは天気が良ければ半袖で充分な位だったのが、ここナポリの方が雨と風の影響でしょうか、ずっと気温が低くなってます。
雨はともかく風が強いのには、いささかイメージ外れな観です。
ナポリって言えば、温暖で陽気な港町・・・って先入観だったのですが、翌16日は快晴日になったものの、風は一層強まり、もうすっかりイメージ崩れの港町となりました。
ちなみに正面に見える山がビスビオ山と言いまして、風光明媚なナポリの景色の象徴でもありますが、あれが大噴火して古代都市ポンペイがそっくり一晩で埋もれてしまったのでした。
ナポリと言ったら、やはりまずこれを語らねばならないでしょう。 ピッツアです。
世界中にあまたピザ屋があり、その多くがナポリのピザを模倣しようとします。
そのナポリの中でも別格な存在の店がこのダ・ミゲーレ(Da Michele)。言わばピッツアのバチカン市国、総本山的存在です。
創業は100年以上前、この店で出されるのは3種類のサイズの違うマルゲリータと、オレガノ・にんにく・トマトソースのみで焼いたマリナーラのみで、ドリンクはアズーリ・ビールとファンタ1種類にコーラだけ、と言うシンプル構成です。
宿を取ったサンタ・ルチアから歩いてムニチーピオ広場まで歩いて行ってバスに乗ったのですが、そのバスが夕方の時間は大混雑。
そして私はこのバスの中でスリ集団に囲まれ大ピンチに陥りました。
辛くも防衛に成功して事なきを得たのですが、おおなんととってもディープなナポリ体験を味わったのでした。
そのお話はまた何れ。
ダ・ミゲーレはウンベルト1世通りと言う街の幹線道路から入ったすぐの所、スカッパ・ナポリと言う下町の外れにあります。
店構えは至って普通・・と言うか地味そのもの。我々が到着したのは夕方の7時前。晩飯の遅いイタリア人のせいか、あるいはたまたまだったのか、店の前は人気も無く、見過ごす程の目立たなさ。
中に入るとある程度客がいるものの、空いてる席はまだあり直ぐに座らせてもらえました。
過去の名店も名声だけが残って、既に今はただ在り来たりの店になっちゃった・・・なんて例は枚挙に遑がないのです。来るのは地元民ではなく観光客ばっかり、と言うのがありがちな話しです。
注文した品が来る間、座って他の客が食べてるピッツァを見てみれば、形は奇妙な楕円形に近く、縁はちと焦げ過ぎな感じの案配。トマトソースとモッツァレラが乗ってる中央部分は薄っぺらくてペラペラ。切って持ち上げるとだらし無くしなだれてチーズがただれ落ちそうな様子。マルゲリータのバジルの葉は真ん中にほんの申し訳程度に二三枚チヂレて乗ってるのみ。
しかも意外だったのが、みな切り込みのないピザをナイフとフォークで食べてます。これもまったくイメージ外。
ここに限らずナポリのピザ屋はみなこのスタイルでした。
「うぅぅ・・・ん、これが世界中のピザ屋が目指す総本山のピッツァなんだろかぁ?」
自分的には本場ナポリのピッツァに対する先入観ってものがあったので、評判の高い店のそれがまったく違ったモノでかなり混乱してしまいました。
とにかく来たものを食べて確かめてみなければなりません。結論はそれから。
サイズは3つあって、下からシングル・ダブル、それにたしかラージだったっけな? 無責任にも最後のは自信がありません。値段はシングルが、と言ってもかなり大きいです、たったの4ユーロ。ダブルサイズが4.5ユーロ。
なんだよそれ!? まったく腑に落ちないさ安さ。このサイズでこのお値段。もし今1ユーロ200円としたって充分安いのです。
こんなんで店やってんの?と思ったって、これで百年以上やっとるのです。
私たちはダブル・サイズのを一枚だけ頼みました。他のお客さんのを見れば結構おっきかったので。
しかし注文を取ってくれたおじさんは少し怪訝な顔をします。
「ほんとそれだけでいいの?」って感じで。
「ええ、それで結構です」と。
しかしこの判断を後々まで後悔する事になろうとは・・・・・・。
ふと外を見れば、いつの間にやら黒山の人だかり。みなレジまで来て整理券を撮って行きます。その数はあっという間に数十番台までに。
私たちはたまたま谷間の時間帯に現れただけだった様です。
営業は午前11時から夜の11時までのお休み無し。あれ?意外に働き者さんたちなんですね。これもイメージ外。
と言う事は、夜の部が始まったばっかりだったので空いてた・・のではなく、運が良かったのかな・・・・・。
なんせ私は行列してまで何かを食べたりはしない性分。
運ばれて来たピッツァ。これが私たちの食べたやつでした。
さぁどれどれ、では食ってみますか、世界一のピッツァってやつを。
たった2日の滞在だったので、そう多くの所でピザを食べた訳ではないのですが、ナポリのピザに共通して恐らく言える事は、生地がけっこう塩っぱめって事です。
日本などでピザのメニューを見るとなかなか種類が豊富で、具材に味の主導権があるのかな、と思わせる程。
それに対して特にナポリ・ピザは基本的には生地が主役です。たがらトマトソースもモッツァレラも塩気控えめな分、生地にかなりの塩を含めます。
それと今では観光客向けに様々なバリエーションを用意していますが、地の人は余り具材の多く乗ったピッツァは好まない様です。
これは実はパスタにも共通して言える事です。しかしその話しはまた何れ。
結論から言いますと、これは確かに世界一のピッツァ・・・だったと言うこと。 もちろん個人の主観の内の話しですが。
でも少なくとも、私が生涯食べたピザの中ではピカイチに違いありません。
一口切り取って食ってアレ? ふた口目でおっ! 三クチ食ったらもうナイフとフオチークを持った手が止まらず・・・と言う案配。
しかし何がどう美味かったのか・・と訊かれれば、上手い説明が見付からないのですね。
ひとつはっきり言えるのは、トマトソースとモッツァレラが抜群に味が濃くってウマかったこと。でも生地との相性が良くって、3者のバランスがこの上なくいいので、いくら食べても食べ飽きない程だったこと。
まぁ、このくらいしか言葉が思い浮かばないのですね。
他のお客さんを見れば、ああなるほど、さすが地元の人、上手い食い方を知ってます。
ピッツァを真ん中から縁に三角に切り分けたら、薄い中央部分を何回か折り畳んで縁に寄せて行きます。そうしたら言わば巻物状になったピッツァを今度は適当に輪切りにして口に持って行けば、チーズやソースが悲しく皿に滴り落ちる事なく三位一体で食べられるのです。
こうして食うと更に美味さが増して大満足!
でも先入観にあったナポリ・ピザとは大きく逸脱した様相になってしまいます。しかし要はウマけりゃいいんです。見た目も大事だけど、結局それは二の次。
一通り食べ終わって再度店の外を見ると、待ってる人の数はギョッとする程になっています。殆どは地元ナポリの人でしょう。
この頃になると、私たちも観光客と地元民を大体見分けられる様になっていました。
妻はもう一枚追加注文しようと提案しますが、あの待ってる人の多さを考えれば、ここは席を次ぎに譲るべきでしょう。
結果として、後悔の残る注文になってしまいました。次ナポリに来るのは何時になることでしょう。
例えここまでやって来る道中バスでスリに遭遇しようとも、三千メートル級の山の稜線を思わせる冷たい強風に吹かれようとも、このピッツァは食うに値する代物です。
もっとも行列待ちはまっぴらですが。
2012年01月16日
イタリア、食い倒れの旅12コロッセオ編
ローマの朝はこんな朝食から始まりました。
雑居ビルの中にあるフロアーの一部を利用したホテルでは、ダイニングがありません。なので近くのカフェからフロントが注文して部屋に運んでくれるのです。
ちなみに朝食はだいたいどこの宿でも込みです。
ラテンの国はみな宵っ張りで、だから朝メシは遅めで軽め・・・とばかり思っとったのですが、まぁ遅いのはそうなんだけど、大抵どこのホテルも大層な朝メシを用意してくれるのです。
甘〜いクロワッサンに、さらに甘いペストリー、ブラッドオレンジジュースにカプチーノ、これがまぁ基本形。
これに大概クッキー、ラスク、パウンドケーキなどが付いてくる事が多く、更にはチーズ、生ハム、果物と。
中にはゆで卵が出て来たホテルもありました。
朝から卵を食べるイタリア人はさすがにいない様ですが、甘いパンとミルクたっぷりのカフェは普通の様です。もちろん彼らはこれにたっぷりの砂糖を入れるのです。人によってはケーキも食うようで。
遅めの朝食で糖分をとりあえず摂取して頭を起こす・・と言うのは理にかなっていますが、いやぁ〜しかし、日本人的には目覚めにこの甘々攻撃にはいささか参りました。
豪華過ぎるこの朝食は、サービス精神旺盛なイタリア人が外国人観光客を喜ばせようとして、徐々に大袈裟になって行ったのでしょうが、どうせ昼も夜もたっぷり食べるつもりの旅では、朝からこれだと胃にこたえて来ちゃいますよね。
だったらセーブすればいいだけの話し。
しかし目の前にあるともったいない気もしてつい平らげてしまうのでした。
ちなみに息子は朝からチョコラーテ。しっかりこれも甘〜いです。
家ではあり得ない話し。旅行を機嫌良くしてもらう為の、言わば親と子の取引みたいなもんでしょうか。
ホテルからコロッセオに歩いて向かう途中に見付けたお店のディスプレイ(?)
どうです、この甘そうなパイの数々! いやぁ〜、実に甘そうです。 ええ、実際相当甘いでしょう。
どうしてこうもイタリア人は甘党なのか・・・・・?
ラテン気質なのか、ドルチェ屋さんに行くと、ショーケースの中はよりどりみどりのスイーツの数々が陳列してるのが普通。
これは見た目に華やかなこと極まれで、見てると気分が高揚して来ます。
だけどそれ程のドルチェがひとつの店で1日ですべて売り切れる事はそうない訳で、大概は焼いてから何日か経ってるものです。
パイやパン類などの焼き物は当然焼き立てが美味いハズなのですが、それを気にするよりは見た目の勝負・・・とイタリア人は考えてる節がある気がします。
フランスだと朝焼いたバケットは夕方には値が下がるのですが、イタリアはそんなことお構いなしの様子です。
こんな瀟洒な感じの通りを幾つかわたり・・・・
またこんな感じのいい邸宅もあり・・・・
そうしてしばらく歩いていると、コロッセオ前の公園に着きました。
その公園にはテレビ局のリポーターとカメラマン2人組がこんな奇妙な絵でVを撮っているのでした。
まぁ絵的な都合でしょうが、ちょっと間抜けな絵であります。
テレビ局も予算の都合でしょうか、こんな小世帯でロケですか。
去年よりEU諸国を襲っている経済危機。無駄は極力省かんといかんのです。
街から街へと観光客として旅してますと、この国の経済が逼迫してるとは余り実感出来ません。
食べるものはどこも安くって、文化的にも充実しているイタリア。しかしこの頃ちょうどローマでも財政危機の伴う政府の緊縮策に抗議した若者中心のデモや暴動間際の騒ぎが起ころうとしていたのです。
民衆は不満や不安があれば、御上に対して抗議して、更なるものを要求したり、それまで続けた習慣に執着しようと抵抗するのです。
御上は御上でなるべく下々の抱えてる問題の本質から関心を逸らせるべく、いろいろな仕掛けを用意するのですね。
それは例えば朝三暮四だったり、カタルシスだったりと。
このコロッセオは建設開始が西暦72年、完成ががなんと80年。その時代に収容人数4万5000人の石の競技場をたった8年で竣工させたのですから驚きです。
当時のローマ建築技術の高さを言うまでもないのですが、別の見方をすれば、その時代の皇帝の意図が見えて来ると言うものです。
内外の問題から民衆の目を逸らさせ、同時に比類なき興奮を提供してくれる自分に熱狂的な支持を取り付ける為の舞台装置、それがコロッセオだったと言います。それは大掛かりなら大掛かりな程都合が良かったのでしょう。そのケールの大きさがつまり自分に対する支持の大きさとなるのでしょうから。
こうして考えると、お金や政に関する人間のやり方は、中世の時代より余り進歩してないのかも知れません。
様々な安全装置は高度に発達したでしょうが、本質的問題や、人間の煩悩が巻き起こす色々な不都合の要素は、基本的に同じなのかな・・とも思いますが。
外観はなかなか迫力があります。世界的に有名な名所は子供の頃から様々な媒体で目にしているせいでイメージ先行のせいか、実際を見ると意外にスケールが小さかった・・なんて事が多いものですが、これコロッセオに関しては、実際に敵うもの無しの大スケールです。
こんなもん、重機もないあの時代によく造ったもんです。
まだ朝も早かったので、さほど並ばす直ぐにチケットを購入して中に入る事が出来ました。
観光客が立ち入れるエリアと、こうした修復工事を進める人々の活動エリアはきちんと分かれています。
修復作業は今も現在進行形・・・と言いたい所なんですが、先日大変気になる記事を新聞で見掛けました。
今コロッセオは崩壊の危機に面していて、早急に本格的修復工事に取掛からなければ、多くの部分での石の崩落を免れない、との事です。
それにかかる費用は凡そ日本円換算で約260億円だとかなんとか・・・・・。
で、いい事にTod'sグループが無償で修復費用を出費します、と申し出たのはいいものの、今度は国家の有形文化財を民間企業が私物化を企んでいると、消費者団体がケチを付けて、それに怒ったTod'sグループが撤退騒ぎを起こして、今度は政府が慌てふためき・・・なんて事の顛末があった様です。
さて、今後はどのような展開を見せるのでしょうか。神のみぞ知る・・・?
事は単にイタリアのみの話しに留まらず、これは世界有数の遺産であります。憶測に過ぎませんが、世界中の篤志家から無償の寄付を募れば、そんな程度のお金は直ぐに集まりそうな気もするのですが、如何なものでしょう。
こんなスケールの大きい、2000年もの前に人類が築いた遺産を、むざむざタダの瓦礫と砂くれに戻す理由は無い筈です。
そもそもこうして崩壊が始まったのも、大気汚染とコロッセオの真下を走る地下鉄の振動が原因だそうです。
二十世紀もの間持ちこたえて来た優れた建造物が、たった2・30年のぽっちの文明活動で壊されて行くとは、なんとも皮肉な話しです。
コロッセオの内部に入場しアリーナを眺めますと、絵的にはおなじみの光景が広がります。
よく知られている通りグランドレベルの下は、この様に部屋が小分けの構造になってまして、観衆を興奮させる様々な仕掛けがせり出される様に造られていたのですね。
私は子供の頃これを見て、昔のローマの競技者たちは平均台の上を飛び跳ねながら戦ったのだろうか・・・? なんて想像してました。
もちろんそんな筈は無く、こんな仕掛けになってたそうです。まったく手が込んでますね。
場合によっては、グランドに水を張って船上合戦もやったとか。地下の仕掛け部屋にどうやって水かしみ込まない様にしたのでしょうか?
コロッセオよ、永遠に・・・・・なんて願いたい所ですが、諸行無常。形あるものは例外無く何れ消え行く運命であります。
願わくば、せめて孫の代くらいまでは・・などと凡人故の手前勝手な事をつい考えてしまうのでした。
2012年01月07日
イタリア,食い倒れの旅11ローマ食堂編

バチカンのサン・ピエトロ大聖堂に迷い込んだせいでタイムアウト、システィーナ礼拝堂の美術品の数々を見損なってしまった私たち。
時間はまだ4時半くらい。その後はまたちょっと地下鉄に乗ってスペイン広場などに寄って、例によって階段に座って記念写真。
たくさんの各国からの観光客が、ただ目的もなく階段に座ったりしているのでした。
ああでも、この階段に座っている事自体が目的なのかな・・・・・。
ここがこんな観光名所になったのって、オードリー・ヘップバーン主演の映画「ローマの休日」の影響だったんでしょうか?
実はその映画、私ちゃんと通しで見た事がないのです。なので未確認情報。
こちらは言わずと知れた世界の観光名所、トレビの泉です。ここもものすごい人、ヒト、ひと。いっぱいです。
しかしまぁ、イタリアって、ほんと世界遺産や国際的知名度の観光名所があちこちにあるのですね。
自分が小さい頃より様々な媒体で目にして来たスポットを実際こうして目にすると、自分の中の時間軸がたわみ始める様な、妙な感覚に陥ります。
言わばこうした超有名な観光資源はテレビや雑誌のみで目に出来る、別世界の物のはずだった物が、現実として目の前に現れると、非常に奇妙な感じになるのでした。
異次元スリップと申しましょうか、なんかそんな気分です。
ローマと言う街は、意外にもコンパクトに出来上がっていて、なので地下鉄を上手く使えば、後は徒歩で大体の観光名所を見て回る事が出来るのです。
トレビの泉の後はパンテオンに。
こちらは二世紀初頭に建設された神殿です。天井は幾何学模様の飾りをされたドーム状になってまして、当時のローマの建築技術のレベルの高さを伺わせます。
ウンベルトさんやエマニュエールさんの墓が壁際にあるのですが、基本は神殿なので、あとは大体広い丸ーいがらんどうになってます。
キリスト教が入ってくる前の当時のローマ人はここで何を神に祈ったのでしょうか。
その後は三つの泉のあるナボーナ広場に向かい、そこで夕暮れ時を過ごし、さらにそこから2・3分歩いたところにある定食屋さんで夕食をとる事にしました。
ここは宿の人がくれたお勧めレストランのリストにあった内のひとつのオステリアです。この街の庶民が普通に食べるローマの伝統の味を提供する食堂です。メニューはなく、毎晩前菜からドルチェまで決まった物が出て来ます。選べるのはワインを白にするか赤にするのみ。
こう言うのは気が楽です。おまかせ、それで飾りっ気のないその土地らしい美味い物が食えればそれに超した事はないのです。ましてやそれが懐の痛まない程度であったらもう言うことなし。
これとは別に、せっかく旅行に来たのだから、特別な所で特別な物を食べたい・・・となれば、それなりの選択もあるのです。
いわゆるミシュランの星が幾つ付く、なんてリストランテを選べばいい。
2009年に日本人夫婦が法外な値段を請求され、その後政府の怒りを買って閉鎖に追い込まれた百年以上の歴史を誇った高級レストランは、ここナボーナ広場にほど近い所にあったのでした。
私はこの話しを聞いて、やはり日本人はいいカモで、どこでもぼられまくるものと覚悟していたのですが、もしかしたらこの件があったせいでなのか、どこでもイタリア人は親切で正直、吹っかけられるどころかオマケを多く頂いたのでした。
もっともナポリのタクシーにはちと参りましたが。
せっかく安くて美味しいレストランにたどり着いたのに、うっかりその店の名前も場所も忘れてしまいました。記録も見当たりません。
もしもう一度そこに行くならば、また同じホテルに泊まってフロントに尋ねるしかありません。
ちなみにその宿の名は AUDITOR DI MECENATE と言いまして、ヴィットリオ・エマニュエール広場近くの Via dello Stauto,44 にあります。入り口が判りにくいのでよく探して下され。

定食で出されるこの店のメニューは、まずお通しと言いましょうか、パンとワインと一緒に自家製の小さめにちぎって作ったモッツァレラ・チーズが出されます。これはとてもフレッシュな味で食欲亢進効果あり。この他写ってはいませんが、オリーブの実が出て来まして、これが実に美味かった。白のワインとの相性バツグンで、たくさん出て来たのですが、つい全部食べてしまい、初っぱなからけっこう腹が膨れてしまいました。
次にはアンティパストとしてダル豆をじっくり煮込んだ物、生ハム、ウイキョウのマリネなどが出て来て、どれもこれも単純な物ばかりなのですが、美味しくって美味しくって、何故にこんなスイスイ口に吸い込まれて胃に収まってしまうのかと、不思議と食が進むのです。

こちらはチーズを絡めたリガトーネ。パスタのプリモです。
既にアンティパストを欲張り完食した時点でかなり満腹に近かったのですが、でも次が出て来たらやっぱり食べちゃうのです。
これも単純だけどなかなかイケてます。

セコンドはローストポークに付け合わせでズッキーニを柔らかめに煮てマリネにしたもの。
お腹ははち切れんばかりにいっぱいになってましたが、でも美味けりゃ食うのです。これも完食。
豚は火の通し加減が絶妙で、肉自体は余計な脂っけのない、肉身の旨さが感じられる肉。
日本だと肉は脂身の旨さがとりわけ重要視されますが、肉には肉本来の旨味があると思います。
最後にはドルチェで甘〜い甘〜いチョコレートケーキが出たのですが、これは甘過ぎてさすがに食い切れませんでした。
しかしイタリアのデザートはちょっと甘過ぎる気がします。
でもまさかこれほど食べさせてもらって締めのドルチェとカフェまで出て来るとは、呆気にとられます。
それでお会計はと言うと、2人分でたったの4・50ユーロとかです。
なんでそんな安いんの?って不思議な世界。
美味い物をたらふく食って、こんなに懐に優しくって・・・まぁイタリアが好きにならないはずはありません。
特に今回の旅行は食うのが自分としての最たる目的でしたので、こうした地元の人々が普段的に食べてる美味しい料理に出会えた事は、誠に至福の極みなのです。
ここの料理は皆単調な調理ばかりでしょうが、観光客向けに過分に手の込んだ見栄えのする皿よりは、こうしたその土地本来の物を食べて満足する方が、より旅の情緒を喚起するのでした。
2011年12月29日
イタリア、食い倒れの旅10ビール編
モンテプルチアーノ、3日目の朝。トスカーナともお別れの時を迎えました。
朝の散歩から帰ると、手際のいいルチアさんは既に朝食の準備を終え、母屋へ帰った後でした。
ポット式のエスプレッソの準備をしているところの私、Brewmanです。

こんな重厚な造りの暖炉もあるダイニングキッチンです。
伝統的なトスカーナの食器を収めている戸棚をiPhoneで撮影する妻。 まったくこの旅行では動静画を撮るに留まらず、ナビや検索で大活躍してくれた、電話の域を超えた電話。助けられました。旅に役立つはずだろうと、思い切って買っておいて良かったスマホでした。
まだまだおぼつかないイタリアでの車の運転。目指すはローマ。
そう、道はすぺてローマに通じるのです。 だからと言ってデタラメに走っていたら酷い目に遭うでしょう。
今回は比較的楽に街の郊外へ脱出出来て高速道路アウストラーダA1に乗り、走る事約2時間半くらいで降りたでしょうか、その後は街の中心に向かって車を進めます。
アウストラーダを降り最初のうちは田園風景も広がっていたもの、徐々に都会らしい喧噪が目に入ってくる様になってきました。
トスカーナ州の人々からすれば、ローマ人は言わばイタリア人たるイタリア人気質と言いましょうか、それ故運転もラテン流儀が顕著です。うかうか車を転がしてると危険です。おのずと市内に入れば緊張してまた神経がピリピリしてしまうのでした。
後ろのチャイルドシートでやかましいセガレを時々怒鳴り散らして黙らせ、妻には悪態ついてナビをせがみ、事もあろうにハーツの返却オフィスはローマ駅の直ぐそば、そこまでハラハラドキドキやっとの事でたどり着いてフォードをなんとか無事故無傷で届けられた時は、なんか非常に大きな仕事を成し遂げた後の様な達成感に浸ったのでした。
ああ、無事が何よりだよ・・・・。
こちらがローマテルミ二駅。こうして見ると、なんかちょっとうらびれた感じがしないでもない絵です。なんせローマです。メガロポリスとしての歴史はたの大都市をそうそう寄せ付けないのですから、古臭さもまた味になるのです。
たどり着いたホテルはこんな感じの、ローマの庶民的な雰囲気も堪能出来る古い造り。駅から石畳の歩道をスーツケースをゴロゴロ言わせて引きづり歩くこと約10分、ここでもスマホのナビが助けてくれたのですが、そこであるはずの建物にはホテルらしき看板も見当たりません。普通にアパートかオフィスビルかと思わせる古い建物があるだけ。
それでよーっく目を凝らすとドア横の真鍮の小さなプレートに、インターネットで予約した宿の名前が刻まれているのを発見したのです。
ああ、なんかこれってラテンぽいって言うか・・・、でもこう言うの嫌いじゃないですね。
およそ日本人の感覚からすればホテルらしくなその構え、部屋はどうなのかと言えば、こんなフレスコ画が描かれていたりして、とても清潔で快適な宿でした。フロントのパウエルさんは英語が達者で大変親切。いかにも庶民的なローマっ子って感じ。
そのパウエルがバチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂に行くつもりがあるのなら今日中に行っておいた方が明日の市内観光が効率的に出来るはずと、アドバスしてくれます。
時間は現在二時を過ぎた辺り、博物館が閉まるのは四時。地下鉄でここから6個目の駅で降りれば着きます。まぁ四時までに滑り込めば閉館は五時くらいだと言うので、では行きましょうと言う事になりました。
パウエルがインターネットで手際よく美術館のチケットを購入してくれ、ついでにナボーナ広場周辺の美味しいレストランのリストが書いてあるプリントをくれました。
この夜、そのリストに従って入った典型的なローマの定食屋さんは、大変満足の行く美味い料理屋さんでした。
その紹介はまた何れ。
ローマの街角。やはりトスカーナとは雰囲気が大分違います。良くも悪くも猥雑な感じがします。人が多いです。市民も観光客も、その他いろいろ。
こちらサンピエトロ広場。
そしてこれがサンピエトロ大聖堂の正面。この壇上でローマ法王が説法をするのでしょうか。
中はこの様にたいへん荘厳な造りです。 それもそのはず、ここがつまり総本山の中の総本山、バチカン市国の中心部なのですから。
しかし我々この時、実はゆっくり見ている余裕がまったく無かったのです。意外にすんなりバチカンのすぐ近くまでたどり着いた油断から、のんびりと昼食を取っていてはっと気づけば結構な時間になっていたのです。
すぐ近くと思っていたその場所からは、バチカンのゲートまではけっこうな距離があり、システィーナ礼拝堂を探していて馬鹿な事に聖堂の法へ迷い込んでしまってあたふたしてたのでした。
結局広場と美術館のゲートはまったく違った場所にあることを知った時には四時を過ぎていたのでした。
ああ残念、でもこれでまたローマまでくる理由が出来たってモノさ・・なんてね。
これは彫刻ではありません。バチカンの衛兵さんです。
見て下さい、このほれぼれする様な美しさ。わたしホモっけはまったくないのですが、完全無比なこの完璧な創造物。いるのですねぇ、こんなんのが。
同じ男ですが、白旗100本ってところですか。 でもなんたが人間っぽくねぇよなぁぁ・・・・・なんて負け惜しみ。

何故そんなにランチで待ったりしてしまったかと言うと、たまたま入ったピッツアリアのピッツアがたいへん美味かったからでした。
写真が食い散らかした後の様な案配で申し訳ないのですが、店の前の歩道に堂々とテラス席をもうけたこの店のピッツアは、ローマン・スタイルのピザではなくって、石釜で焼くナポリ・ピッツァです。
こんな開放的なテラス席で飲むのは、ワインの国にあってジョッキに入った生ビールです。運転の緊張感からも解放され、ついつい気が緩んでしまったのです。
ピザはパイの耳の部分がナポリ・スタイルらしくモチモチしてて、中央部分は底がパリッと焼けていて、切り取ったピザの淵をつまんでもパイの先がベロンっとしなだれない、自分の中のナポリ・ピザのイメージどおりのお品です。
チーズもトマトソースも申し分無く、何ゆえローマでこんな完璧に美味しいナポリ・ピザが食えるんだろ?って嬉しい誤算感に浸れた、少し遅い午後のランチタイムとなったのでした。
さて、ようやく今回の本題、毎度の事ながら長く前置きに掛かりましたが、そうビールの話しです。
イタリアのビール。ワイン大国にあってビールの話しをするには気が引けないてもないのですが、意外にもどこでも置いてあるのですねビールは。レストランで生ビールを提供する店は、まぁ半分半分くらいでしょうか。外国からの観光客はわたしを含めてそうですが、最初の一杯は「とりあえず、生」ってのが嬉しいのですね。まぁ食べる料理にも寄るのですが。
上の写真は多分国内外のベストセラー、ビッラ・モレッティーです。日本でイタリア・ビールと言えばこれが置いてあるお店が多いと思います。一種、高級ビールの扱いになってますが、イタリアでは普通に飲まれている大衆麦酒ですよ。お値段も手頃で。日本で言えば「一番搾り」みたいな位置づけでしょうか。
この他、スーパーなどで良く目にするのは「アズーリ」と言う銘柄。こちらの方がモレッティよりまだ廉価ですかね。アズーリとはアドリア海の青を意味する言葉。サッカーのナショナル・チームの愛称でもあります。
さてさて、イタリアのビールのお味なんですが、総じて言えるのは、とても爽やか・軽やかで、後を引かない甘味がある気がします。ホップの苦み・アロマはごく控えめ。
ビール好きが選んで飲む様な種類の出来にはなってないのでしょうが、それはあえて料理に合う物作りをした結果・・・と言う気がします。
ワイン大国にあってビールの位置づけは難しところでしょうが、余り個性を強調しない、乱暴な言い方をすれば、白のスパークリングワインのビール版・・な感じに仕上げて立ち位置を与えいるのかなと言う勘ぐりも出来なくもないのかな。
考え過ぎでしょうかね。
ドイツ人の旅行者が多いイタリアです。何故かこの両者、相性がいい様です。理由はなにも過去の三国同盟とかがあるから・・と言う訳でもなさそう。気質が違うが故に、お互い引かれ合うものがある様な感じがします。
ドイツ人にしてみれば、なんか居心地が良く、自国とはまったく感じが異なるのでバカンスに来るには地理的にも近くって都合がいいのでしょう。
それとは一転、フランス人は少ないのです。同じラテン民族なのですが、どうも対抗意識が互いにあるようで。文化的にも得意分野が似通ってます。
離れて見ると両者は少し性格の違う兄弟みたいで、それ故相手には負けたくないぞ、と言うライバル心が燃え上がるのでしょう。
兄弟って仲がいい内は頼りになるのだけど、近親ゆえこじれると大変厄介なんですよね。
これって日本と韓国にも当てはまる気がしますが。
経済的にも結びつきの強いイタリアとドイツ。多くのドイツ商品がイタリアに入って来ています。
ビールではこのハイネケンを置いている店がけっこう多く、もしかしたらモレッティよりメジャーかも知れません。
味的にもハイネケンは特徴のあまりない平均的な造りになってて、パスタやビッツアを流し込む液体として悪くはないでしょう。
こちらは日本でもわりと飲める機会が増えて来たフランチェスカーナ。ドイツのバイツェン・ビールではメジャー級の品です。
驚きのこの価格! なんと1ユーロ26チェントぽっきり。日本円でただ今のところ130円強です。この瓶500ミリリットル入りですよ。
先日赤レンガに行きましたらフランチェスカーナの野外店が出てまして、生をサーバーで専用グラスに注いで売っていました。とてもフレッシュでいい香り、元々好きなバイツェン・ビールだったので嬉しかったのですが、お値段は1200円だったかな。まぁ、外国のいいビールをお店で生を頼めばこの程度は当たり前なのですが、やっぱこの価格となると、たまの贅沢品の部類になるでしょう。
モンテプルチアーノのスーパーで目にしたこのビール。生と瓶の違いはあるのですが、この安さに呆れるばかり。
結局我々は大半を船賃として飲んでいる事と言う訳なんざんしょか?
それとも、でなかったらナニ?って話しです。 まぁ不公平な酒税に寄るところが大きいんでしょうが。
しかしこんないいビールが同じEU圏だからと言って、こんな値で売られているなんて、ただ呆れるばかりです。
2011年12月21日
イタリア、食い倒れの旅9ビエンツァ編
モンテプルチアーノより車で普通に行けば約20分の距離にあるのはピエンツァと言う、やはり城壁に囲まれた街です。
ちなみに私たちナビどおりに向かったところ、とんでもないと遠回りをする羽目になったのでしたが。お陰で図らずもオルチャ渓谷の美しい田園地帯をドライブしてみる事が出来たのでした。
ここはモンテプルチアーノを一回り小さくしたくらいの街でしょうか。静かなルネッサンス風の造りをしています。「世界遺産」には96年に登録。それ位の文化的価値は充分ある街の風景です。
近年はハリウッド映画の舞台になったとかで、やたらとアメリカ人観光客が多いところです。
モンテプルチアーノ同様自然豊かなゆったりした環境なので、こちらもアグリツーリズモで人気のある土地です。実際私たちも最後までここにするかモンテプルチアーノで宿を取るか迷った程。
そしてこの街が世界で知れ渡っている最たる理由はペコリーノ・チーズです。
羊の乳で作るこのチーズは風味に特徴があります。モッツァレラの様な熟成度の低いフレッシュなチーズとはもちろん違うし、パルメジャーノよりも個性があり、青カビのゴルゴンゾーラのクセとも違います。
言うならば、羊臭さ・・がある風味と言いましょうか。 まぁ、それがウリのチーズなんですね。イタリアの四大チーズと言えば上記の4つが上がるでしょうか。多分ピザで四種類のチースが乗ったクワトロと言うのがありますが、この四種類が焼かれる事が多いと思います。これは大変美味くって、ピザ生地にトマトソースを塗らずに焼いて、それにハチミツやメープルシロップを掛けて食べるのです。
日本でもここ数年このピザが良く知られるようになって来た様ですし、ペコリーノ・チーズも随分食材店で見付けられるようになりました。
このチースにクセの強い風味があるのは、どうも羊の乳由来だけではなさそうです。
熟成に時間を掛けるペコリーノはどの様にその成長過程を経るかと言えば、これを見る限り、どうも枯れ葉、それもなんだか堆肥化した枯れ葉に囲まれ貯蔵している様です。
なるほど、これで独特の風味が醸されるのですね。味は熟成期間の長いチーズの特徴として塩気が強く、同時に奥行きのある甘味を感じられる気がします。
街のメインストリートの一角はペコリーノ・チーズ専門店が軒を連ね、店をくぐるまでもなくその匂いがプンプンしてる程です。
私には正直このチーズは匂いがきつ過ぎてあまり得意ではありません。チーズ好きの向きはこれを生で、もしくは蜂蜜を掛けナッツ類と一緒にワインでちびちび食すだとか。
うんうん、なんか絵的にはカッコ良さそ。でもなぁ・・ちょっとマネ出来ないかな。
自分的には火を入れて食べるのが好きです。ピザ・クワトロやグラタンに。またはペコリーノ・ロマーノと言って粉チーズにしてもいいです。
せっかく来たのだから、どこか一軒冷やかしで入ってみるか・・・と言う事で、さるお店に。
店の棚には堆く丸のまんまのペコリーノ・チーズが積上っていて、対側のガラスケースはナイフが入ったのが幾つかあります。プレーンものからナッツ類が入ったものとか、または熟成具合が違うのが陳列している様です。
ガラスケースの向こうにいる店主のおじさんに私が余計な事に「ここにはパルメジャーノは置いてないんですかねぇ?」なんて、今考えればまったくお馬鹿な質問をすると、店主はつかさず・・・・・・・・・
「ここはペコリーノ・チーズの街だ、それ以外は作らねぇんだよ。パルメジャーノが欲しかったらパルマにでも行くといいさ」
なんて言うと、下を向いて仕事の続きを再開。
うぅぅ・・・、なんか気まずい感じ。機嫌を悪くしちゃったかなぁ? アホな事訊くんじゃなかったと、ばつの悪い思いをしていると・・・おじさんはふいに顔を上げてナイフをこちらに差し出します。もちろんこれで腹いせに・・って訳ではなくって、ナイフには幾ばくのチーズの切れ端が乗っているのでした。
それをもらって妻と分け食べてみれば、それはそれは自分が今まで知ってたペコリーノ・チーズとはまったく違った、とてもまろやかでこくの深い味だったのでした。
辺りの匂いにもかかわらず、その味はさしてクセもなく柔らかくて食べやすい代物だったのです。この種のモノをこんなに美味しく頂いたのは初めてです。
ああこれは買って帰るっきゃないな・・・と即断。しかし税関で見付かればもちろん即没収。でもここはギャンブルだ、五百グラムほどおじさんに同じものを切り分けてもらい購入。でもびっくり! えらく安いではないの。たったこれだけ・・・?ってほどです。
まぁしかしイタリアはほんと食が安くすみます。それも質がとびきり高いので呆れます。
ちなみに税関はその後無事突破。その他様々な食材をイタリア各地で仕入れ自宅に持ち帰ったのです。やった、やった。
ピエンツァの美しい街角。
これはたぶんイチジクがなっているのでしょうか。
2011年12月15日
イタリア,食い倒れの旅9 カフェ編
イタリアを旅行してますと、頻繁に利用する事になるのがカフェです。どの街でもいたる所にあり、口に入るもので手の込んだもの意外なら大概買えるのです。カフェの各種はもちろんの事、アルコール類、パンも菓子パン類からハムやチーズ、その他の具材を挟んだバニー二やら、もちろん様々なドルチェ類。
お酒を飲む人にはおつまみも豊富にそろっているお店もあり、その傾向は南に下る程に品揃えが大袈裟になって行く様です。
やっぱり南の人の方が飲ん兵衛なんでしょうか。もともとイタリアでカフェをbar(バール)なんて呼びます。バールは英語読みでバーですから。
観光立国なのに公衆トイレの少ないこの国で用を足すのにも便利です。お店の人も大抵嫌な顔無しに貸してくれます。
歩き疲れて一休み、のどの渇きを潤す為に、些細なエネルギー補給に幾らかの糖分摂取にあれこれと選択肢はよりどりみどりです。
暑い日にはソーダ水や、もっと暑さがきつい日にはグラニータと言うイタリアのかき氷、と言うか我々の言う所のスムージィーなんかが良く注文されます。もちろんもっちり粘りのあるジェラードもいいでしょう。
寒い日には暖かいカフェラテやカプチーノを。イタリアの人はこれに甘いリキュール類をいくらか滴して飲むのも好きです。
日本で「バール」なて言われる場所はオシャレ過ぎてなんか敷居の高い印象がします。またお値段も割高な設定になってましょうか。
しかしイタリアのカフェに入ってビックリするのは、その安さ!
何が安いかってみな安いのですが、例を挙げると普通のカフェ、つまり我々が言うエスプレッソですね、これがたったの1ユーロ。
カプチーノのが1.2ユーロ。仮に1ユーロ200円でも充分安い。それが現在のレート102から104円くらいです。
その他も然りで、パン類もドルチェ類お安いのです。チョコレートケーキは2ユーロくらい。
ですから気軽に寄って一休み、なんて事も躊躇なく出来るし、バリスタさんも店員さんも妙な気負いや気取った感じもなくって、至って入りやすいのです。
これは私の先入観をまったく覆してくれました。勝手な思い込みだったのですが、本場イタリアのバリスタってもっと威張っているのかと思いきやそれはまったく違って、つまりカフェは彼らのとっての当たり前の日常であって、そこで気取ってたって始まらないよ、と言う事なんでした。
たとえいくら安くたってケチケチしてなんかいやしません。エスプレッソを抽出するドリッパーにしっかり擦り切りいっぱい細引きしたイタリアンローストの粉を入れ押さえ、マシーンにセットします。抽出温度はかなり低めです。唇にあたった感じは「あれ、ぬるいジャン」って位です。そしてエスプレッソだとタダでさえ小さいデミタスカップの3分の1程度しか注がないのです。
こうしたコンディションで抽出するのはイタリアのどこでも同じでした。ドリッパーにあんなにしっかりコーヒーの粉を入れて、濾しとるのはたったの数cc程度なんです。あーなんとももったいない気がしてしまいます。その出がらしもらって家で再利用してみたい程。
抽出温度もえっ?て思う程の低さで、これはカプチーノやエスプレッソを長めに引いて薄くしたアメリカーノでも同じ。
で何故そうするのかと言えば、つまりイタリア人にとってコーヒーとは飲む為のもの、と言うよりは、香りを愛でるモノなんだ、と言う事実です。カフェの香りを優先すると長々湯で抽出して雑味まで引っ張ってしまうのは厳禁だし、圧力を掛けた蒸気は温度が高いと香りを飛ばしてしまいます。こま引きのコーヒー粉から雑味を出さずに最高の風味を引き出すには、圧縮した蒸気をサッと通してしまう事です。そしてその温度は恐らく60から65度C位だと思われます。
むかし小学校の家庭科の授業で煎茶をお客様に出す時は六十度が最適だ、と教わった記憶があります。つまりそれ位がもっとも香りよく茶葉の風味を引き出せる温度だって言う事でしょう。それはコーヒーでも同じだったのですね。例外は紅茶でしょうか。
そしてもうひとつのポイントは、砂糖です。
デミタスカップにちょこっとしか入ってない液体に、砂糖をティースプーン2杯を入れ、グルグルかき回して一気にズッと飲み干してしまうのがイタリア流。
これは何度見ても唖然としてしまいました。 おーなんと体に悪そうなこと・・・・・・・。
しかしこれが美味いのですね。確かに試してみれば、お砂糖たっぷりのドロッとしたカフェは不思議と香りが引き立つのでした。
ラテンの人々にとってカフェを甘さ抜きで飲むなんてナンセンスなんです。彼らにとってカフェとは我々にとっての「お茶」ではなくって、ひとつのジャンル。言うならば大事な嗜好品なのです。
私は軟弱なので健康が気になってこうした飲み方は余り出来ず、よってイタリアではアメリカーノを頼むことが多く、それにちょっとしたお茶請けとしてささやかなドルチェを頂く、ってのがパターンになってました。
しかしまぁイタリアの人はけっこう甘党ですね。ドルチェが甘いのは当たり前にしてもカフェも甘けりゃアルコールの類いも甘〜いのがお好み。
ナポリより南に下るとレモンを皮ごと氷砂糖と一緒にスピリッツに漬け込みドロドロに溶かした「レモネッチェーロ」と言う酒がよく飲まれています。これはアルコール度数の高い果実酒で、大量の糖分を含んでいるので粘度があり、色は真っ黄色です。
味はクドいかなと思いきや、もう一口、もう一口とついつい飲み過ぎてしまいそうな、それこそ甘〜い誘惑を持っている大変美味い酒です。
レモンも大量に溶け込んでいるので甘さが余り気にならず、むしろ甘さが柑橘系の酸っぱさの良い面を強調する感じ。高度数なのを忘れてつい飲み過ぎてしまいます。
こうしてカロリーの高そうなものを良く飲み食いするイタリア人にさほど肥満が見られないのは大変不思議なことです。これはイタリアン・パラドックスと呼んでいいでしょう。
自分は・・と言えば、帰国して2キロ増えてて、その後も食いグセがなおらず更に1キロ増えて・・・と言った案配。ただ今まだダイエット中。 楽しんじゃった分、後々高く付いたのでした。
私はイタリアに行ってカプチーノを注文すれば何時でもラテアートをしてくれるもんだと思い込んでいたのですが、当てはまったく外れ、とうとうただの一度もそれを見られる事はなかったのでした。
日本人の勝手な思い込み、いろいろあるのです。例えば陽気でお節介で少々厚かましいイタリア人。ナポリの下町などに行けばそうした感じもあるのですが、意外にも・・と言ったら失礼ですが、イタリアの人々はかなり慎ましい紳士淑女でした。それと大変親切。とくに小さい子供連れだととても良くしてくれます。
トスカーナの人々に関して言えばむしろ寡黙で地味な印象です。欲張らず身の丈にあった生活を守って暮らしているのでした。
カプチーノのスチームされたミルクを見ると泡立ちがとてもしっかりしています。これはバリスタの技術もあるのでしょうがどうもそればかりでないようで、ミルクだけスプーンですくって舐めてみると大変脂肪分の高いミルクを使っている事が判ります。そして少し塩分も感じます。
こうしたミルクを使えば泡もちの良いラテが作れるでしょう。カフェとミルクが直ぐに混ざってしまわない、最後の一口までクリーミィーなミルクとカフェの苦みを感じながら飲み干す事が出来るカプチーノが飲めるのは嬉しい事です。
2011年12月09日
イタリア、食い倒れの旅8ポルチーニ茸編

トスカーナの田舎町、モンテプルチアーノをお店をのぞいたりカフェでお茶したり土地のワインを購入したりの観光をして、なかなかいい時間になっていました。お腹もいい具合に減って来て・・・・・。
と言う訳で当然のごとくお昼ご飯をどこかで、と言う運びに。
国の内外に限らず観光地で食事する所を選ぶのも、楽しみのひとつ、と言えばそうなんですが、また憂鬱のタネでもあります。
食事は旅行の大事なイベントなのですが、それ故ハズせば旅は台無し。
知らない土地で、特に外国ともなれば頼る情報の最たる物はやはりガイドブックでしょうか。しかしこうした物に載ってる所は大概ウマいウマくないは別として、お客の大半は観光客です。その店の味は長年かけてよその土地から来た人々受けする味に変わって来ているのですね。
まぁ、それも善し悪しですが。
その他の手段としては、出発前に人様の書いたブログ記事やネットで検索した口コミ情報を活用するって手が最近はありますね。
私は今回の旅では大分利用させて頂きました。おかげて旅の幅が広がった事は確かです。まったく便利な時代になったものです。
実際は期待通りだったり、それ以上の事もあったり、また当然ハズれもありました。
個人の主観は様々であり、何を好みの上位にしているかと言う価値観は「当たり外れ」ではくくれない事を学んだ気がします。
旅はみな自分が主役であり、いかに満足するかは旅行のマネージメント能力に掛かっているんでしょう。
まぁ、楽しめばいいのです。腹の立つ事やアクシデントも、無事家に帰り着いてみれば、楽しい思い出となるのですよね。
私がこの旅行で最も難儀したのは車の運転でした。
慣れない道路事情に左ハンドルと10年ぶりのマニュアル車。頼りにならない・・と言うよりは大嘘つきのカーナビ。
特にこのアメリカ製のカーナビゲーションには泣かされました。自国で使ってるのと比べれば、もうその違いは「ファイナルファンタジー」と「クレヨンしんちゃん」くらいの差、と言っても判りませんよね。まぁもうとにかくダメダメ。
そしてトスカーナで借りたフォード車の乗り辛い事乗り辛いこと。小型のアメ車はこんなご時世にもなってもまだ乗り手を考えた車造りが出来てないって感じ。これじゃ会社も傾くよね。
翻ってシチリアで借りたフィアット車は大変使い勝手のいい車で、「イタリアの大衆車なんてどうせ大雑把で・・・」と内心馬鹿にしてた事を反省させられました。
しかしイタリア人の運転の荒いのには参りました。モタモタ運転してる事を許してくれません。みな自分の運転に自信を持っているからなんでしょうが、とばすは、どこでも追い越しかけるは、信号のない交差点では早いもん勝ちばかりによく見ないで突っ込んで来るはで、オッカナイおっかない。こちらはそれにビビって慎重に運転してるとクラクションの雨が降ってくるのです。
イタリア人にはどこでも親切にしてもらって感謝してるのですが、事車に関して言えばまったく容赦ない人々。それとみな血が騒ぐのですかね、ハンドル握ると。なんせ名だたるスポーツカーを多く世に送り出してる国ですから。
でもあんな高価な車が走れる様な道路かよ?って思います。道はガタガタで走り辛く、幅員が狭いのにもかかわらず路駐だらけ。
南に下れば下る程に道路事情は悪くなるのです。
でもまぁ、私の運転がトロくていけないのです。四十代になってからと言う物、特に動体視力が落ちた気がします。もう速いスピードに目が追いついて行けない感じ。移動速度が速まれば視野も狭くなるので、見落としが無い様注意すればモタモタとさも自信なさげな運転となるのですね。
それにしても、今回レンタカーを借り知らない国を旅で来た利便性、自由度、これは何にも返られなかったと噛み締めています。
それに様々なドタバタや車内での家族のすったもんだの数々、それらは日を追う毎に喜劇の色を帯びて思い出となって行くのです。
元々長い話になりがちの男の話が、余計な事で脱線し、で何の話だったっけ?なんですが・・・・・・、そう旅先でどうしたら満足出来るレストランにたどり着けるか、と言う話だったんですよね。
結論から言いますと、地元に人に聞くのが一番・・・と言う当然の話し、だったのでした。
あまりにも当たり前で、でもこれってなんとなく避けがちな手なんですね。とくに言葉がよく判らない国では遠慮しがち。
誰に聞いてもいいのですが、誰だっていいとなると、では誰にどう訊いたらいいやらって。でもって訊かずに適当に入ったらやっぱ失敗しちゃった・・・。でもって誰がこの店選んだんだって連れと責任のなすり付け合いが始まったら、旅事態に暗雲が立ち込め始めるのです。
もしかしたら、今回の旅行でリストランテと名のつく所に入ったのは、ここが最初で最後だったかも知れません。
その後利用したのはトラットリアやオステリアと名のつく所、もしくはピッツアリアばかりだったと思います。
こうして写真を改めて眺めれば、ちゃんと書いてはあるじゃないですか、「Ristorante」と。おおスゴいすごい。
何故なんでしょうか、どういう利点があるのか知りませんが、イタリアのワイングラスはこうしてボディーの一番幅のある所が角張っている物が多いのです。昔のワインはおりが多く、よってここでおりを止めて飲んだ頃の名残なんでしょうか。もちろん今のイタリアワインがおりでどんより濁っているなんて事はありません。
トスカーナは特にRosso(ロッソ)、赤ワインではイタリアの最高品種を生産している土地でしょう。土壌はミネラルが豊富で、気候は乾燥して昼夜の寒暖の差が大きい、正にワイン用のブドウを生み出すには最高の環境が整っています。
トスカーナ人はその土地で獲れる野菜や肉が中心の食生活です。家畜類はもとより獣などを捕まえて作るジビエ料理なども得意です。
なので適当な赤のテーブルワインは欠かせません。まぁ、食事をする時の都合のいい水です。多少獣の臭みの残った肉料理を食べるのに適した、食を進めやすくする為の水です。それは適当に肉の臭みを消す作用のあるタンニンの渋みがあり、食べ物の喉越しを邪魔しないように酸味と糖分がバランスのとれた物でないといけません。ここでは余りワインの個性は重要ではないのです。
そして樽に仕込んでせいぜい1年くらいで飲める物。余り長く醸造に掛かるようでは、テーブルワインには間に合わないのです。
商品としてよその土地にボトル詰めして売るのとは基本的に異なる、言わば非売品の類いでしょう。
しかしこうしたテーブルワイン、あるいはハウスワインと呼ばれる物の方が、私はワインと言う飲み物本来の姿がある様な気がしてならないのです。ビンテージ物の良さはあるとして、生活により密着した、食べ物とともに自分の血肉になってくれるもの。
実際、この土地のワインは郷土料理に良くあい、それ故食が進み、またそれ故ガブガブと呑んじゃうのです。
美味い酒・・と言うよりは、ウマい水・・・かな。それも気分よくしてくれる水なんですね。
これは前にも紹介したトスカーナでは最も好まれているPICI(ピチ)と言う卵を使ってない太麺の生パスタです。それにラグーソースを絡めたもの。アグリツーリズモのルチアさん宅でも頂いた一皿。だからほんとこっちの人はこれをよく食べてる様です。特にこのラグーソースでのものが多く、その他レバーなどの内臓系ソースでもよく食べる様です。
パスタはとても歯応えが良く、日本のうどんに似て異なる物。手打ちのコシの強いうどんとも違います。多分、このパスタをうどんの汁で食べても美味くないでしょう。土地の料理は、その土地の空気・水に合うように進化しているのでしょう。
こちらはポルチーニ茸のリゾット。ちっと塩っぱかったけど絶品の一品でした。イタリアのリゾット米は日本のうるち米とは違い、粘りがあまり出なく、水の吸いがいい特徴を持ってます。だからうるち米のように水付けと蒸らしが必要なく、鍋ひとつで作れます。
日本の米がふっくらさせて割と強い粘り具合が好まれるのとは対照的です。それと米の粒が丸に近い位の形をしてます。リゾットの命は芯を残すアルデンテに仕上げる事で、その点向いてます。街のスーパーでリゾット米を自宅用にと選んで買ったのですが、いい米程丸みが強いと思いました。
具材のポルチーニは、出国前から大変楽しみにしていました。秋が収穫期のこのキノコはこの時期でないと生ではなかなか食べられないのです。長距離輸送もダメ。なので日本で食されるのはみな乾燥か冷凍モノ。乾燥物は水で戻して、冷凍のは解けないうちに調理します。でないとしぼんでしまうのですね。冷凍するのは少しでも生の食感や風味を残す苦肉の策なのですが、やはり生ものと比べれば大分落ちるでしょう。
日持ちのしないこのキノコをそれ本来の姿で食べられるのは、この時期にこれが採れる国にいる者の大いなる特権です。イタリアに渡って3日目、やっとありつけました。
勇気を持ってあえて言うならば、あじ風味は松茸と椎茸の特徴を合わせた感じ。で食感はナメタケ様にいくらかヌルリとした感じがありますかね。意外にも我々が知っているキノコの特徴に相通じるものがあります。それと言い足すなら森の土を思わせる、正に土っぽい印象を抱かせる野性的な味わいでしょうか。
やっぱり以前食した乾燥モノとはまったく別物。乾燥椎茸は場合によっちゃこっちの方がいいってのがあるけど、これに関しては生に勝る要素はまったくありませんね。
ポルチーニの適度な粘り気がアルデンテのリゾット米にまとわりつて実にマッチしてます。これは美味いウマい。
このキノコがこんなにリゾットに向いているなんて思ってもいなかったので、なんかめっけもんした嬉しさでした。
翌日モンテプルチアーノからローマに向け車を走らせていると、街道の路肩に軽トラックを停めてポルチーニ茸を売ってる臨時露天商がよく目に付きました。この時期は日本でもちょうどこんな感じで松茸を売っているおじさんたちがいますね。こんなところはイタリアでも同じなんてちょっと笑えます。
もしもう1日トスカーナでの時間があったなら、ルチアさんのアグリツーリズモのキッチンで網焼きしてみたかったものです。
松茸とは違って、そんな食べ方はしないのかな? しかし一回くらいは自分で生のポルチーニ茸を調理してみたかってものです。
まぁまた何時…か、があるのかなぁぁぁ?
2011年11月30日
イタリア、食い倒れの旅7モンテプルチアーノ編
モンテプルチアーノ2日目の朝は気持ちよく晴れ渡ってくれました。
今日はルチアさんの用意してくれた美味しい朝食を食べた後は、この街の散策をしてみる事にしました。
モンテプルチアーノはこの地方には良くある中世に出来た城塞の街です。小高い丘の天辺が街の中心と言う作りで、今そこにあるのは市庁舎です。昔は当然のごとく支配者の館があったのでしょう。
こちらが街の入り口になるプラート門です。ここをくぐって道は蛇行しながら上へ上へと段々に登って、行き着いた先が市庁舎のあるグランデ広場です。その間に当然様々なお店があり、いろいろな街角の風景に出会うのです。
この街はどこをどのように切り取っても、みなポストカードのように絵になる、大変美しい所です。ヨーロッパの街らしく石畳に石造りの街並。古さとモダンなセンスが上手く同居していて目を飽きさせません。西洋の田舎町の良さをギュッと詰めた感じのする、想像の中にあったヨーロッパを体現しているかの街です。
俗なことを言えば、宮崎駿のアニメのモチーフになるような所かな。きっと視察に来ていたに違いありませんね。
天気が良く、ストリートから外れ城壁の方へ向うと、遠くの方まで見渡せます。
建物の扉も壁も、古くからの物を大事にリフォームを重ね使い続けているのが分かります。日本にも千年以上の建築物はありますが、それらはみな重要部管財として保存されているのであって、こちらのように実際の市民の生活の中で息づいているのでありませんね。
石の文明と、木と紙の文化の差ではあるので、仕方ありませんが。
イタリアの、特にこの様な迷路状になった城塞の街では、至る所に狭い傾斜のきつい路地があり、よって小さい車が大いに役立ちます。この路地の先に写っているのは三輪オートです。こんな街ではこれが欠かせないのです。主に荷物の運搬に活躍しています。
そうそうこれ、ルパン三世が「カリオストロの城」で乗ってた車ですよ。色がちっと違いますが。カッコいいからではなく、ほんとこんなでないと不便な思いをする街なんです。
城門から登り詰めた先が街の中央広場なので、その過程では急な坂道や階段がたくさんあります。
ニャンコと老婆と我がせがれ。のんびりとした平和な1日です。
こちらが街の中心、グランデ広場に面して建ってる市庁舎です。建設はなんと十四世紀の終わりだと。まぁ歴史のあること。映画好きの人はひょっとして判るかも知れませんが、この建物はバンパイアもの「トワイライト」のイタリアでの舞台になった所。
こちらは中庭。吸血鬼の親玉たちが威張って座ってた部屋もどこかにあるのでしょう。
2ユーロだったかな?を払ってこんな狭い階段登れば、モンテプルチアーノの一番中心の高い所から、オルチャ渓谷を一望出来るのです。
そろそろお腹も減って来たのでどこかで昼食を・・・・・・・と探していて入ったのはこちらです
注文したのはグラスのワインにパスタとリゾット。で、その内容と評価は・・・・・・ですが、それはまた次回に。ちょっとまた、と言うか、毎回ですが長くなり過ぎましたので。 ではおしまい
2011年11月21日
イタリア,食い倒れの旅6アグリツーリズモ編
イタリア滞在2日目にレンタカーでフィレンツェを発ち、ピサ経由で言わばこの旅の目的と言うべきモンテプルチアーノのアグリツーリズモ「パシフィコ」に、ようやく夕暮れ時になって到着しました。
フィレンツェから直接高速道路、アウストラーダA1を使えば2時間かからないのですが、ピサからでしたので結構時間を食いました。
西の海岸線近くにあるピサからモンテプルチアーノに行くには、途中までもう一度東に戻るように走らねばならず、よって私の慎重過ぎる運転もあって、ついた頃にはすっかりこの通り暗くなってました。
EU圏内は極力同じ時間帯に設定してるのでしょうか、行きの飛行機はパリで乗り継ぎだったのですが、到着したのは朝の7時。なのにまだ夜明け前の暗さ。夏時間から冬時間に移行する直前と言う事もあったのですが、パリより東のミラノやフィレンツェと同時間帯です。ちょっと生活には不便そうですね。そのフィレンツェでも朝の6時ではまだ日の出前。
夜は夜でもう秋なのに7時過ぎでも日が落ちきらない様子。日本人的感覚では、なんだか不思議な感じでした。でもまぁラテンの国。朝は遅く宵っ張りがお好みの国民性です。この方があってるのかな。
今回この宿に滞在する事になったのも、他人様のブログを拝見し、とてもいい印象を得たからなのでした。自分がイメージしていたトスカーナの魅力を持ち合わせている街と、それに似つかわしいイタリアの田舎の楽しみを体現できそうな宿、それがこのモンテプルチアーノのこのアグリツーリズモ「パシフィコ」だと思えたからだったのでした。
ついた晩の夕食は7時半でした。泊まる部屋は離れの棟で、三つ部屋があって真ん中がダイニングキッチンになってます。とても重厚な作りになっている建物でして趣があります。部屋の隅々まできれいに掃除されとても快適でした。
特に私たちは家族3人で滞在と言う事で南向きの景色の良い、一番いい部屋をあてがってもらいました。バスタブもある部屋でありがたかった。
ちなみに昼間の部屋の感じはこんな感じ。
そして部屋からの眺めはこんな感じ・・・・・・・・
下の方には延々とオリープ畑が続きます。まさに思い描いていたそのままの風景が、これまたイメージ通りの宿の部屋から望めるのです。素晴らしいに尽きます。
余談ですが、今回の旅行で様々な宿を取って泊まりましたが、大人二人プラス子供一人、もしくは3人で宿を予約する、と言うのには大きなメリットがあったと思います。二人だと、つまり普通のツインルーム。でもそこにプラスワンとなると、少し大きめの部屋を用意してくれる事になります。普通のホテルなどではいわゆる「角部屋」になる事が多く、窓の多い景色の良い部屋になる確率が高くなるのです。
イタリアに限って言えば、ツインもエクストラベッドを入れるトリプルルームもさほど値段に差はなく、ユーロ安もあって断然お得間が増します。日本では「お一人お幾ら」ですが、ヨーロッパでは部屋に値が付いている事が多いの様なので、3人での旅ってのは結構いいと思います。
その晩の夕食は母屋でオーナーのルチヤさんとその息子ニッコロ君と一緒にそれに東京から滞在者のNさんも一緒に、にぎやかな夕べとなりました。
Nさんは今回が4度目、かそれ以上?かくらいのイタリアだそうで、前回はこの宿の手配をして頂いたいのうえさんの家にホームステイだったそうです。このモンテプルチアーノがたいそうお気に入りで、ここばかりに来ているそうです。
当然イタリア語もとてもよく話されるので、食事中はルチアさんとの間で通訳をして頂く形となってしまい、申し訳ないと思いつつも大変楽しい時間となりました。Nさん、有り難うございました。
私たちは今回はたったの二泊。通常アグリツーリズモでは一週間単位の滞在が基本で、最低でも3日からが基本なのですが、この季節は少しシーズンが外れているとの事で、特別に宿泊をさせてもらえました。
宿泊の手配は「南トスカーナの個人旅行」のいのうえともこさんにして頂きました。http://www.tabitoscana.com/index.html
この方は単身トスカーナに来てこの地に魅了され、こちらの方とご結婚して旅のエージェントをやっておられるそうです。
今回はお世話になりました、また何れ、次回はもっと長くの滞在でお願いしたいものです。
楽しい会話と美味しいルチアさんの手料理でいい時間を過ごしてしまい、料理の写真を撮るのをすっかり忘れてしまったのでした。なので画像なし説明のみなのですが、彼女の作る料理は大変美味しくって感心してしまいます。最初の晩はラザニアがプリモで出て来てセコンドが豚肉のソテー。それに最後はデザートも出て来ます。
2日目の晩ピチ(PICI)と言うパスタとホロホロ鳥のグリル。もちろんドルチェも。
このパスタはルチアさんが作ったものではありませんが、これがピチと言うモンテプルチアーノの人々が好んでよく食べる、日本のうどんによく似た卵を使用してない麺です。見た目は卵が使ってない小麦粉のみの物なのでうどんそのものって感じですが、食感はうどんとは確かに違います。
何故違うのでしょうか? いくら腰が強いうどんでも使われているのは中力粉が殆どのうどんと、強力粉主体のパスタの違いなのでしょうか。
もしくは粉そのものの性質の違いなんでしょうか。
日本で以前こんな感じの太めのパスタを食べた事があるのですが、それはまさしくうどん、でした。うどんにパスタソースが掛かって出て来て食べた感じです。でもこのピチと言うパスタは明らかに違います。この地方で食べるこのパスタは大概生麺ですが、私は乾麺を一袋買って帰りました。それを茹でて食べれば、やはりうどんではなく、ピチでありました。
なかなか食感が良くって肉系のこってりソースに良く合いますね。トスカーナの人は大抵これをボロネーゼに絡めて食べる事が多い様です。
この卵を使わない太い歯応えのするパスタには大変気に入ってしまいました。イノシシや内蔵などを使ったソースで食べるのにもいいと思います。
イタリアの人々、特にトスカーナに暮らす人たちは地産地消と言うのが当たり前の事の様です。基本的には魚介類は食べません。
自分たちの土地で穫れるものを消費して生活を営んでいます。もちろん100パーセントの自給率ではないのですが、我々のように知らない土地の食べ物に興味をもって消費してみようと言う気はさらさらない様です。
その代わりと言っていいのか分かりませんが、自分たちが持っている範囲で最善を尽くし、持続可能なサイクルを保てる様つとめているのでしょう。ですから元々豊穣ではない土地を丹念に開墾して食物を栽培し、けして取尽さないように心掛け大地と付き合って来たのです。
その地方の生産能力を知るのに一番良い方法は、自ら土地を耕し作物を栽培すること。そしてそのあがった収穫物から自分の口に入る物を調理する事に違いありません。
まさにそれを実践しているのがこの宿のオーナー、ルチアさんたちであり、そうした営みを部分的にでもかいま見れる体験がアグリツーリズモであります。
この家では代々オリーブやブドウを栽培して来た様です。この宿で出されるパスタもパンも、それに付けるジャム類も皆手作り。チーズや生ハム類は知り合いから分けてもらっている物だそうです。大変でしょうが、何とも羨ましい生活です。
夕食に出されたワインは自家製で、酸化防止剤などの保存料が入ってないワインです。
非常に素朴な味で、トスカーナの田舎料理と相性が良く、飲み口がいいのでガブガブ飲んじゃいたいくらいですが、まぁ人様の前なのでそうも行かず。でも美味しいワインでした。ワインと言う飲み物本来の姿なのかなと思わせる品です。
料理をさりげなく引き立てるもの。際立った個性ではない、体に吸収されて何れ自分の血になってくれそうな、そんな感じのするワインです。
まぁ、たまには格別高価で美味いワインも飲んだってもいいのですが。しかし誰が買うんだよ、って話・・・・・。
ゲストハウスになっているこの離れの建物は石造りの大変重厚な趣なのですが、全体的になにかとてもチャーミングな印象を持っている気がします。ルチアさんの行き届いた掃除でとても清潔だし、窓際やちょっとした所にあしらった演出がセンスの良さを醸しています。
この松ぼっくりはなんとうちの6才のせがれの頭程の大きさがあるのです。こんな松ぼっくりから採れる松の実はどんな味がするのでしょうか?
翌朝起きると美しい朝焼けそら。ちょっと下のオリープ畑に散歩に出掛けました。
宿より下の方にある畑はまだ朝もやが掛かった感じ。
こんな廃屋もあれば・・・・・・・・・・・
こんな立派でしゃれた感じの、恐らく普段は使われてないお金持ちの別宅もあったり。
この辺りは非常に環境がいいので、裕福層の別荘も結構あったりするのでが、土地の売買や宅地の建築にはいろいろ規制があり、そう簡単ではない様です。景観や環境が重視されるので、家ひとつ建てるのにも、家ひとつ壊さなければあらたに造れない、なんて事の様です。
多分、人気のあるこの土地の事、そうした規制がなかったら次々と家が建ち、一気に環境が変わってしまうでしょう。
最近のイタリアの経済危機を見れば、構造改革に伴い各種の規制緩和もしくは撤廃は必要な事でしょう。しかし事に優先順位や、壊してはならない物、それがあるのもまた事実だと思います。
非効率的な構造的欠陥を持った産業や自治体の機能を税金で穴埋めしていられる時代ではもうありません。どの道維持出来なくなるのであれば、荒療治は早い方がいいのです。
しかしイタリアの各地を歩いてみれば、多くの先進国の町並みを見てゲンナリするような光景が非常に少なく、様々な物に文化程度の高さを見る事が出来ます。
観光客の勝手な願い事とは思うけど、経済効率のみでもってはかられるべきではない物も多くあるものを見極め残して行ってほしいと、格別遺産の豊富な国を見て思うのでした。
まだ収穫には早そうなオリーブの実。ひとつ試しに食べてみたら苦かった。これってなんか渋抜きとかするのでしょうか?
この地帯では珍しい大きな広葉樹。トスカーナでは灌木、もしくは背の高い糸杉ばかりです。
小麦も多く作付けされ、私たちが行った10月半ばは既に刈り取りが終わって、大地の多くは土がむき出しの状態でした。
絵がないのが残念な所ですが、麦稈ロールと言う刈り取った麦の固まりが波打った広大な大地にゴロンとしてたり、所々に糸杉がある風景は、日本で言えば北海道の美瑛などに似ていると言えるかも知れません。
しかしせっかくイタリアまで来てそれを言ったら興醒めかな・・と思って黙っていたら、ものの見事に同じ事を言い当ててしまった我が奥さんだったのです。 ああ残念。
朝の散歩から7時過ぎに帰り着くと、もう既にルチアさんが私たちが泊まっている離れのダイニングには朝食の用意をすませてくれてました。
この豪華な朝食!
ラテンの国の朝メシは簡素である、と思っていたけど、イタリアはフランスのようにパン・ジャム・バター・カフェオレ、って訳ではないようです。さすがにこんな朝食は外国人が多いゲストに配慮して、ルチアさんがだんだん豪華にして行った様ですが、だいたい甘いクロワッサンやペストリー、クッキーやパウンドケーキにフルーツジュース、それに砂糖が結構入ったカフェ、と言う感じのよう。ひとによったらきっとハムとチーズを挟んでパニーニ、なんて事もあるようで。
驚くのはとにかく朝から甘々です。よくこんな朝っぱらから糖分を取れるなと言う感じがします。
イタリア人は食べる事をこよなく愛しているのでしょうが、これはイタリアン・パラドックスと言うべきなんでしょうか、アメリカ人みたいに肥満率は高くないと思います。生活習慣病もしかり。街を見回しても、心配したくなる程の肥満体は大概アメリカの観光客だったりします。
多分、様々な食材をバランスよく食べているからでしょうか。それともうひとつ、フレンチ・パラドックスはワインに含まれるポリフェノールが動脈硬化などを防いでいる、と言われますが、イタリア人の場合、これに当たるのはきっと、オリーブオイルの構成要素であるオレイン酸・リノール酸などの不飽和脂肪酸ではないかと・・・・・・。
胆石で脂肪分解出来なくなった人が、オリーブ油を使った料理では腹痛が起きない、なんて事があります。これの力は侮れませんね。
あまり高いワインは手が届かないけど、最上のオリーブオイルだったら買えますかね。せいぜいいい油を使いましょう。
ちなみにイタリアで食べた朝食では、このルチアさんの所のがいちばん美味しかったです。自分で焼いたパンと自家製ジャムが最高でした。
朝からついつい食べ過ぎてしまい、ついでに書き足すとすれば、たった10日間で軽く2キロ半太ってしまったBrewmanだったのです。
イタリア怖し、でもウマし。
2011年11月15日
イタリア,食い倒れの旅5ワイン編
フィレンツェからイタリアの高速道路アウストラーダA1を南下して1時間半ほどにある街、モンテプルチアーノ。
ここはなだらかに続くオルチャ渓谷の中の高台にあります。
近年ではトスカーナと言えばアグリツーリズモと言う、この地方の農家が営む「民宿」が流行になっているのですが、そもそもそうした宿に滞在するのに人気が集まるのは、この土地の自然と、それが生み出す恵みが豊だからに他なりません。
家畜や野生動物の肉類が揃い、オリーブは南シチリアにも負けない程の生産量。その他この季節なら栗や茸類、とくに生のポルチーニ茸が食べられるのは魅力です。しかし忘れてならないのはやはりワインでしょう。
ここトスカーナはイタリア・ワインの最高品種を生み出す地であります。
ちなみに上から2つ目の写真はカンティー(ワイナリー)です。こうした所が随所にあり、基本的にこの土地でとれたブドウのみでワインを生産して、当然のごとくこの地でボトル詰めをするそうです。他の土地で作られたワインでブレンドすると言う事はしないとの事。
日本の土地のように急峻で肥沃な大地とは違い、乾燥したなだらかな地形が続きます。地質は石灰質で養分に乏しく、よってワイン用のブドウ作りにはこの地の気候も手伝い、とても適しています。
ブドウの原産国はアフガニスタンと言われています。ここ何十年とかの地は戦火に呑まれ続け、よって本来よりは我々がニュースの映像で知ってるアフガンはずっと荒涼としてしまっているのでしょが、元々葡萄の木は枯れた乾燥地での栽培が向いているのです。
養分と水分に乏しい土地では葡萄の木はそれらを求め地中深くに根を下ろして行きます。
すると土地がなだらかなおかげで地下水はゆっくりと流れ、結果地中の多くのミネラル分を取り込みます。つまりかなり硬質のミネラルウォーターを吸い上げて実ったブドウは鉱物を多く含んだブドウとなり、そしてそのブドウで作ったワインは非常にしっかりしたフルボディーのワインとなるのです。
条件で言えばフランスのボルドーワインと似通っていると言えるかも知れませんが、モンテプルチアーノの街のレストランで気軽に頼んで呑んだハウスワインと言いましょうか、テーブルワインの印象は、しっかりしたボディーにも関わらず口当たりよろしく非常に飲みやすくて、料理を邪魔せず、尚かつ楽しませる・・・って感じ。
ああ、でもワインのテイストを語ると知識不足が露呈するのでこの程度にしておきましょうか。
しかしイタリアで嬉しいのは、大概どこのレストランでテーブルワインを頼んでもそれなりに美味く、しもかまるで水のように安い、と言う事でした。ほんと場所によってはミネラルウォーターの方が高かった・・なんて事もあったりして。
ビールもいいですが、やはりワインの国ですねイタリアは。
こちらはモンテプルチアーノからペコリーノチーズで有名なピエンツァの街に向かう途中でたまたま通ったブドウ畑。
たまたまと言うよりは、頼りにならないカーナビに従って走っていたら、何故かとんでもない林道に入り込んでしまい、おそらくこのワイナリーの私有道路を勝手に走ってしまった結果、なのでした。偶然の産物。しかしなかなかの眺めでしたね。
食用のブドウとワイン用のブドウの違いの最もは、おそらく木の剪定の仕方ではないでしょか。前者は一本の木の枝を長く伸ばしてツタを絡ませ身を成らせるのに対し、後者は背丈を短くし側枝は伸ばさせません。整然と株を並べて実らせます。多分、根っ子の問題なんでしょう。
こちらは私今までに見た事のなかったワインの自動サーバー(?)兼ボトルキーパーでしょうか。
ここモンテプルチアーノは石造りの城塞の街で大変クラッシックで趣のある所なのですが、こんなハイテク機器があるなんてね。

街には幾つかのエノテカ(居酒屋兼酒屋)がありまして、とぐろ状に登り詰めた市庁舎のある近くである一軒の看板を見ますと
「アメリア・日本に配送可」と書かれています。
うん、どうしようか・・・・・・?と悩んだ結果、せっかく旅に来たんだもの、ここはひとつ土地の名産を買わにゃぁ、となったのです。
で、選んだのがこの3本。 どちらもRosso(赤)であります。
白も一本くらいは・・と思って尋ねれば、ここモンテプルチアーノは赤ワイン用のブドウを栽培するのに適した土地で、なので白ブドウはあまり作ってない、との事です。
首に巻かれたピンク色の紙が、最高の品質を保証するラベルだそうです。
試飲してみると、両サイドのは確かにフルボディーモノで、ビンテージは2007年。もう飲めるけど、後1年くらいは寝かせてもいいかな・・って感じの飲み口でした。 でも帰って来て意外にも早く届いて、すぐに一本飲んじゃいました。
真ん中のは2006年産で、こちらはもうシブシブ、渋々でした。とても今飲んじゃ「ダメよ」って感じ。
とにかく舌に渋みが染み付いて何十秒かは取れない。思いっ切り鉱物系の味がして今は飲み頃ではないと言った塩梅。
しかしこれ幾年か寝かせればその後が楽しみなワインでしょう。しばらくはうちのガレージで熟成をしてもらいましょうか。
3本のお値段はさほど高いものではありませんでした。けれども問題は送り賃。ワインの値段の倍近くしましたよ。
でもせっかくだから、旅の思い出にもなるし・・・と言う事で購入したのですが、宿のアグリツーリズモに帰って他の滞在者で日本から来ているNさんに尋ねれば、同じ程度のものが日本の輸入雑貨屋さんで買えば、配送料込みの値段よりもずっと安くかえますよ、と教わり、ちょっと意気消沈してしまったBrewmanだったのです。 おしまい
2011年11月08日
イタリア、食い倒れの旅4ドライブ編
初日と翌朝の2時間ほど使って、概ねフィレンツェ観光は完了とし、宿をチェックアウト。
向ったのは郊外にあるHertzのレンタカーオフィス。
我々はこの街からピサ経由でトスカーナの田園地帯にあるモンテプルチアーノに車を使って
行くという算段だったのです。
ここで早くも旅のトラブル第一回目勃発。
必要提出物は:パスポート、予約番号、支払いに使うカード、それに国際免許です。
しかしいくら探したって見当たらないのです免許証が。 ある筈のものがない!
これが無いことには車は借りられません。
人間こうなると冷静さを失い、見つかる物も見付からなくなり、増々パニックに。
それを夫婦のどっちがどこにしまったのかで言い争いになり、半ばヤケッパチになって
スーツケースをほじくり返してみると出て来たのです、免許証が。
ほっとひと安心というよりは、動揺を引きずったまま乗車してフィレンツェの街に
慣れないマニュアル車で繰り出す羽目になったのでした。
今思えばフィレンツェなんぞ、その後に訪れるた更に南の街まちからすれば整然と
していたと言うべきなのでしたが、とにかくイタリアは運転し辛い事では先進国では
きっとピカイチだと思います。
道路は狭くガタガタ。なのに路駐の車で路肩は埋め尽くされ、ぶつけないようにと
慎重に運転してると事車に関してはせっかちなイタリア人は後ろから容赦なく
クラクションを浴びせ掛け、痺れを切らして少しの隙間でもあればどこでもおかまいなく
追い越しを仕掛けて肝を冷やしてくれます。
私が一番困ったのは交差点で、基本的にはロータリー式になっているのですが
小さい交差点ではロータリーの中央が何分割かになってて、直進、右折、左折別に
侵入路が決まっているのですが、これが慣れない者には至って判り辛く、どっちに
進んでいいのか・・・なんて躊躇してると後続がイラついてクラクション鳴らして
焦らせてくれるのです。それでもって「ええいっ、こっちかぁ」って入って行くと
それは反対車線だったりして更に肝を冷やすのです。
車はマニュアル車で、交差点などでもたついて低速走行と停止、発進を繰り返すと
当然運転操作は煩雑になり、尚の事余裕がなくなって行くのです。
最後にマニュアル車を使ったのは20年前、左ハンドルは5年前。
自身、もっと出来る・・なんて思っとったのですが、すぐに自信崩壊。こんな旅を
計画した自分を呪ったのでした。
非常に頼りにならないカーナビゲーション(いったい何年前の情報乗せてんだよ!)
に返って惑わされフィレンツェの郊外をグルグル同じ所を徘徊する事半時間
ようやく脱出に成功してイタリアの高速道路、アウストラーダに乗って東に走って
ピサを目指したのです。
しかしまぁ、イタリア人ってどこでもいつでも飛ばしますねぇ。車好きなのは判るのですが
老若男女の区別なしによく走ります。信号の無い横断歩道では止まってくれず、なので
意を決して車が途切れない道路に入って行くしかありません。するとまぁ適当に減速してく
れたり、止まって行かせてくれたりするので道路を渡れるのです。それは歩行者も運転者も
織り込み済み、って事になっている様です。
自分の動体視力と反射神経の衰えを充分過ぎる程思い知らされて高速道路を走り続け
途中サービスエリアで休憩、ついでに昼食を掻き込みました。こうした所では
大概売店の他にエスプレッソ・マシーンを置いたカフェのサービスと、バニー二と
呼ばれるイタリアのバケットを縦半分にして間にチーズやハム、野菜などを挟んだ
サンドイッチを幾種類も置いてあるのです。
この他甘いクロワッサンや向こうの菓子パンなどがあり
こうした取り合わせは街のカフェやバール(Bar)でも共通しています。
数も種類も豊富で目が白黒しそうです。
見た目はあまり美味そうでも無いこのバニー二。でもシンプル故になかなか
美味かったりします。
国中どこでもチーズとハムに事欠く事無いお国柄。レベルが高いのでしょうね。
当初予定ではピサに行って斜塔を見学、その後時間的余裕があればシエナに
立ち寄る・・・なんて考えは大いに甘かった、と言う事実でした。
高速道路を降りてナビに従い市街地に向ったのですが、なんせこのナビ、判り辛く
急なカーブはみな「曲がります」になるのです。そして全く道のない所を曲がりなさい
と言ったかと思えは、交差点が過ぎてから曲がれ指示を出したりするのです。
だいたい目的地の入力がいちいち面倒でそれはどういう事かと言えば・・・・・・・。
このナビの欠点を挙げつらったらキリがないのでやめときましょう。
結局ナビ頼りではいくら経ってもピサの斜塔にはたどり着けないぞ、と観念して
取り出したは出発2週間前なって購入したスマートフォンでした。
この旅の間、これの能力のおかげて随分助けられた思いです。初めての土地で時に
方角さえ判らなく事もあり、そんな時に目的地到達に威力を発揮したのでした。
アップル社製のこれは、携帯電話と言うよりは小型のパソコンと言っていいでしょう。
地図、ガイドブックのみだったら探せず諦めていたであろうケースでも
目的地のアドレスを入れると現在地からそこまでのルートをかなり正確に示します。
車で、徒歩で、大いに助けられました。そして必要ならば周辺情報も即座に出します。
この使い勝手もいい小型文明の利器には脱帽です。これで時間が随分無駄にせず
かつ目的を達成できた事多々でした。
そんなんでも下手な運転と女房の間抜けなナビゲーションですっかり時間を浪費して
途中100回程ケンカして夫婦の危機を乗り越え(?)やっとこさ到着したのでしたピサに。
いやぁ〜、こいつよく見ればほんとにかなり傾いているのです。これで何百年も
傾いだままこらえ続けてるって・・・・、信じられない思いです。間近で見ればけっこうな
巨大建築物で、高々とそびえ立ってる感じ。ほんと屹立し続けてるのが不思議だぁ。
イタリアって、結構な地震国なんですよね。
にも拘らず、その天辺まで登っている観光客がいます。いい度胸してるな。
オイラはまっぴらゴメンだ。
なんせ高所恐怖症の小心者ですから。
しかし今回改めて思ったのは、「オレってけっこうちっぽけ・・・」ってこと。
慣れないマニュアル車で事情のよく判らない国での左ハンドル運転。
道路事情も道筋も不明で標識さえちゃんと目に入らず、次第に余裕を無くして
後ろでやかましい子供を怒鳴り散らし、失敗する度に女房に当たり散らして憂さ晴らし。
追い詰められる程にどこからともなく妙に覚めた別人格の自分が語り掛けてくるのです・・
「オマエはちいさい男だ」と。
ああ、そうですよ。まったくその通りですよって! 分かってますって。
そうなんです、この程度だったんですとも。
仕舞いには車酔いしたセガレがゲロを噴射して辺りを汚し、まぁそれから臭いの
なんのって。
えっ? おまえの運転がマズいからだって・・・・・、それはそうかもね。うんうん。
こちらはピサの斜塔がある広場に立っているこの地方の象徴的存在に
なっていると言う狼の像で、よくよく見ればそのお乳にしゃぶり付いて
いるのが・・・・・・・
この地方に伝わる伝説なんだとか。よく知らないのですが、「元祖狼に育てられた子」
なんでしょうか。この像は何故かかなり離れた地でカルチョ、サッカー・セリエA
ローマのエンブレムに使われてます。
オオカミのお乳で育てられたらさぞ強い子に成長するだろうなぁ・・・・・
でもオレは首が痛くってあんな格好しておっぱいなんてのめねぇもんなぁぁ・・・
なんておバカな事思って、無事世界的知名度の高い遺産にたどり着いた事を
嬉しく思ったのでした。 おしまい
2011年10月31日
イタリア,食い倒れの旅3旅のいきさつ
今回の旅行の発端は,会社員の妻が勤続20年で頂けた,少し長めの有給休暇を利用して
どこかに行ってみよう!と言うものでした。
バブル期入社の妻ですが,その当時の二十周年休暇は丸々一月もらっていたそうです。
まぁ,なんと言う時代だったのでしょう・・・・・。
しかしそんな悠長な時はすでに昔,今はそれの五分の一程度になってしまいました。
でもあるだけ有り難し。前後に土日休みと数日の更なる有給を付け旅立ち実現となりました。
もちろん自営業のわたくしはタダのズル休み。気が咎めますし,帰った後の仕事があるのか・・・・・
なんて考えたらゾッとするのですが,まぁ人生今があるのみ。出来る時に出来る事をしましょう。
去年辺りからなんとなく話には登ってはいたのだけど,ではどこがいいのか・・・?
子供も少し大きくなったし,成長した後の記憶にも残る年頃で,多少無理して歩かせられる位には
なったかなぁ・・と。
ガツッとアドベンチャー系がいいか,もしくは文科系がいいのか・・・・。
体力的にはせめて就学年齢になってからの方がアウトドアーをワイルドに楽しむのにはいいでしょう。
ただ,子供が適齢期になった時に,私の体力が落ちてやしないかと言うのもあるのですが。
それなら観光旅行でイイでないの,と言う結論。見て食って買って楽しんで・・・系の旅行です。
観光資源が豊富で食い物が飛び切り美味く,妻子を連れて歩くのに充分な治安がある所。
そしてまだ行った事がない国。
ここまで絞込みをすると,どう考えても「イタリア」が浮上してくるのでした。
バブル期入社の妻は若い時分に一度行った事があるのですが,その時は四大都市ばかりだったと。
ではイタリアの田舎に行ってみますかと。私は予てよりトスカーナ地方の文化に興味がありました。
なのでそこをメインに車を借りてのんびり旅なんかいいよね・・・なんてのんきに夢想してました。
しかし具体的に10日間と言う限られた時間で計画を練り始めると,「もうこんなまとまった海外旅行は
そうできるものじゃない」と思えば,あれこれ欲が出てきて,結局けっこう忙しい旅行日程になって
しまったのでした。
移動箇所は五つの街,訪れた場所は七箇所。三泊が一箇所,二泊が一箇所,一泊が五箇所。
その内ひとつは船中泊となりました。レンタカーは計六日間借りてイタリアの街と街道,高速道路を
何百キロ走ったでしょうか。
出発の前週に発熱し咳込みがちだった子供の体調も気掛かりでした。車酔いして車内で
ゲロ吐くこと幾多。おかげてペナルティーで200ユーロ余計な出費がかさみましたが
ガンバってよく歩いてくれました。
しかし子供の機嫌取りで,こんなモノをよく買わされました・・・・・・・・・
チョコラーテ。甘い甘いココアです。イタリアのバール(BAR)で注文すると所によっては
我々が言う所のココアなんかじゃなく,チョコレートソースみたいなのが出て来て,あまりの甘さに
ギョッとすること幾度かありました。バールによって味や濃度は様々で,それはカプチーノなどでも
みな個性があって,イタリアと言えど一様ではありませんでした。
イタリアのドルチェは美味しいですが,日本人の口にはどれも少々甘過ぎかもしれません。
チョコラーテが甘過ぎたり濃すぎたりした時には「ラテ・カルド(暖かいミルク)」を注文して
自分好みに合わせて飲む事をおススメします。スチームで泡立てたフォームド・ミルクが
チョコラーテのマッタリ感を増し,過度の糖度を中和します。
追加注文してもイタリアのバールでの飲み物は呆れるほどどれも安いので心配ご無用。
もしくは「ラテ・チョコラーテ」と最初からオーダーするのがいいかも知れませんが
場合によってはえらく薄いのが出て来るかも。
いろいろ失敗しつつ,その土地の食文化を学ぶのもまた楽しいものですね。
3月に震災があり,8年間続けて来た治療院の店舗を失い鞍替え営業を始め・・・・・・・・・・・。
社会や経済の落ち着きの無さもあったりして,正直夏までは本当にこの期に旅行に出る
べきなのか? と気持ちが定まっていませんでした。内心うずうずウジウジしてて現実感が
持てなく,前向きな気分になれずにいたのです。
しかしこんな時は女の方が逞しいのかも知れません。迷ったり,行ける事を疑ったりする観は
まったく見せませんでした。その姿に勇気を得られた気分です。
実際どこに行ったかは,余り重要な部分ではなかったのでしょう。
それより,ひとり息子が成長しある程度の分別がつく年齢になったこの時期に,家族で少し長い
時間を共有できた,その事に一番の意味があったと,帰国から日々が経つ毎に思うところです。
2011年10月26日
イタリア,食い倒れの旅2フィレンツェ編

フィレンツェの街の中心はやはりここ,Duomo(ドゥオーモ)でしょう。
イタリアは大概どこでもドォーモを中心として街が広がりを見せていてます。
街のヘソであり,旅行者はそこを基点に地理を把握すれば,観光するのに都合がいいのです。
ドイツだとそれは尖った鐘楼を擁する教会であり,少し大きな街では定刻になると鐘の下から
カラクリ人形がせり出して来て芸を見せたりもします。有名なのはミュンヘンですね。
南米の街の場合は必ず正方形の「パルケ・セントロ(中央公園)」がそれになっています。
アメリカだと高層ビル群,摩天楼の中にある,または近くのスクウェアー。
翻って我が国日本は・・・・・・?ですね。 どこが中心,って言い辛い場合が殆ど。
ただ何もかもが東京に一極集中してる点では,これまた酷く特殊な都市構造なのでしょう。
一神教の西洋に対し,アジアの信仰・思想は元々雑多なもんである,と言う違いなんでしょうか。
メディチ家の隆盛でもって急激に発展したフィレンツェ。その街の栄華の象徴がドゥオーモ。
ガイドブック的解説によると・・・・・建設開始は1296年,天辺のドームを掛け終わり
完成したのが140年後だそうです。
当時の建築技術ではこの規模のドーム状の天蓋を掛けるのは不可能と言われていたようで
それをやってのけたのがブルネッレスキさんと言う建築家さんだったと。
なのでその後イタリアの各地で街の象徴としてドゥオーモの建設が進んだ際には
フィレンツェのこのクーポラ(天蓋)がモデルにされたとの事です。
規模・美しさ共に今でも他を寄せ付けない完成度の高さとの評判です。
ああ確かに,上から見ても横から見ても下から見てもどっしりとした安定感のある美しさは
「流石」に尽きますよ。
上の写真を撮ったのはこちらから・・・・・・・・・・
ここの天辺から撮りました。あまりに上手く写っているのでどこかからの盗用のようですが
ちゃんと自分で撮りました。最近のカメラの性能と,そいでもってロケーションの良さの
産物なんです。
「ジョットの鐘楼」と言いまして,完成したのは1359年で,だからドゥオーモ完成の前に
出来上がっていたのですね。着工ドゥオーモの方が38年も先なので,きっと上から
この美しい建物を眺める目的だったんでしょうに。
人間がすれ違うのが゛やっとの狭く急なジグザク階段を登り切ると高さ85mの
フィレンツェのほぼ全容が一望できます。
ドゥオーモのクーポラの上はこの様になってました。こちらの展望台はジョットの鐘楼より
いくらか高い位置にありました。しかしこちらに登るには長い長い行列待ちです。
ここに限らず多数の世界遺産を持つイタリアの文化遺産は,登録後こんな有様のところばかりに
なっています。中には予約必須のところもあり,「世界遺産登録」って言うのにも考えさせられる
ものがある感があります。
しかし登りきるのには多少の頑張りが必要でしたが,展望で言えばジョットの鐘楼側から眺める
景色の方が断然良いですよ。なんせドゥオーモの全容をこうして見られるのですから。
日本では高級な食材屋さんのみにしか置いてないような品々が,当たり前に街のあちこちで
当然の如くお店屋さんの中で見る事ができます。
その発見頻度は日本のコンビ二並。まるで町中が成城石井状態(なんか表現が貧困)。
これはこの店のディスプレイ。なかなか可愛い,って言うか笑えます。でもこの子達本物の
イノシシなんです。どう処理してるのかは知れませんが,べつに臭ったりはしません。
このフィレンツェのあるトスカーナ州はなだらかな丘陵地帯にあり,様々な森の幸に恵まれています。
海に面していないこの土地の人々は海産物はまったくと言って良いほど食べません。
その代わり我々にとっての肉が鶏・豚・牛に大体限られるのに対し,トスカーナ人は実に様ざまな
食肉文化を持っています。三種類のはもちろんの事,キジ・ホロホロ鳥・鳩・シカ・イノシシを食します。
特に猪肉は土地の名物です。トマトと煮込んだ料理は美味いと評判。しかし今回は少し時期が
早かったのか,お目に掛かれませんでした。残念。
初日の晩は地元の人も賑わうと言うリストランテ「エノテカ・ピンキオッリ」に・・・・じゃなくって
トラットリア「マリオーネ」へ。 前者はミシュラン三ツ星レストランですよ。いつかまた・・・・・・・・・
こちらは日本のイタメシ屋さんでも割りとあるトリッパ,牛の第二の胃をトマトソースで煮込んだ物。
ちなみに第一がミノ。そう,焼肉屋さんで食べるアレです。牛さんには胃が全部で四つあって
その四つの胃で行ったり来たり反芻しながら時間を掛けて牧草などを消化します。
下の方の胃になればなるほど内容物の出入りが多くなり,それと一緒に消化酵素も
行きつ戻りつ,します。この消化酵素とやらがくせ者でして,つまり臭みの元。
下位の胃はこれが消化物と一緒に溜まってる時間が長いのでより臭くなります。
第一の胃であるミノは殆ど臭みが無いのに,それ以降はけっこうそのままでは臭います。
なので料理人は下湯でして臭み取りをするのですが,この臭みが言わば内臓系の゛美味さ゛
と言えなくも無いのですね。だからその店・料理人により臭み加減はまちまち。
大体日本のレストランでは殆ど気にならないほどに処理していますね。しかし私がこの晩食べた
トリッパは,けっこうニオイがきつかった・・・・・。好きな人,特にホルモン焼きとか好物の人は
美味く感じた事でしょう。でも自分,あの手のは苦手。
ああしかし,これが本場の味なんだろうなぁぁ・・・。軟弱モノのわたくしがダメなのです。
こちらもトスカーナの名物料理の一つ,リボリッタと言うパンと野菜のスープ。と言っても殆ど
汁っ気はなく,食べた印象はダシのあるパン粥って感じです。形の無くなるほど野菜を煮込み
パンを投入してグツグツ煮ます。お好みでビネガーやオリーブ油をたらして食します。
暑い時は冷まして,しかし元々はこの地方の冬の定番料理で,熱々にして食べて身体を
温める為のレシピのようです。
これはなかなか美味かったです。イタリア人は美味いパンを焼くのですが,割りとまとめて作ったり
するようです。フランスなどでは古くなったパンは値打ちをどんどん失うけど,イタリア人は余り気に
してないようです。だからパンはいつでもどこでも豊富にあり,古く硬くなったパンをガバッと
野菜スープに放り込んで食べたのが事の始まりかな・・・って感じの料理です。
でもこれってけっこういいですよね。日本人だって冷や飯を味噌汁の鍋に入れ雑炊・おじやにします。
きっとあれと同じでしょう。まさに郷土料理だ,これは。
パンに乗せてるのは生ハムの脂身。クドさはまったくなくって,バター代わりにこうして食べるのに
向いてます。
この店も入って直ぐの所に生ハムの脚丸ごとが何本もぶら下がっていまして,とにかく生ハム類は
いつでもどこでも口にできます。これはもちろんトスカーナに限らずイタリア中どこでも,でした。
ああ,いいなぁぁぁぁ・・・・・・・。
ですからべつにレストランで食事しなくたって,肉屋さんで生ハムを薄切りしてもらい
それにいくばしかのチーズとパン,それに安いワイン。トマトとウイキョウをスライスして
オリーブ油を掛けサラダ代わりに。
こうしたものを晩餐として宿で食ってても充分シアワセな気分に成れるに違いありません。
こちらは中央市場の食肉売り場の一角。みなけっこう安くっていい物が揃っています。
まぁよりどりみどり,見てるだけで幸せな感じ。 しかし買って帰れないのが残念・・・・・・。税関で
見つかれば没収されます。
こんなヤツが頭付きで売られてます。あたまだっていいダシがでるって。
ラテンの人々はよく食べる色の濃いモロコシ。南米などではすり潰してペースとにして甘い
ミルク粥の様にして食べて(飲んで?)いました。
この他おもしろい事にオクラトと柿がそのまま日本名で売られていました。
イタリアの人たち,どうやって食べるのでしょうかね。
2011年10月24日
イタリア,食い倒れの旅
しばらくご無沙汰をしておりましたBrewmanです。覚えている方はいらっしゃいますでしょうか?
持病の頚椎ヘルニアが悪化し・・・・・・・・・,なんてワケではありませんでした。
勤勉な妻が勤務しておる会社様より,勤続二十周年のお祝いとして,少しまとまった
有給休暇が頂ける事になりました。
なのでこの際だから行きそびれた遅めの新婚旅行(中婚旅行?)に子連れで出かける・・・
と言う運びになったのでした。
女房はご褒美の有給だけと,でも一体お前はなんなんだよ・・・ってわたしの事ですよ。
自営業の自分は,言ってみればタダのズル休み。
10日間もの長きの休業をしてていいのかよ!って話しですよね。
多少,いやいや大変気が咎めたのですが
まぁ,こんな旅行も一生に一度あるか無いかのチャンスだと思い
エイヤァッ,て出掛けたのでした。
先ずはフィレンツェに訪れ,徐々に南下して,最終的にはシチリア島まで行き着き
旅は終わりました。
最初に訪れたトスカーナ州は,なだらかな丘陵地帯が続く乾燥した大地で
オリーブやワイン用のブドウや小麦のみならず,期待した通りの食の宝庫でした。
「旅のリポート」と言うよりは,イタリアの食べ物中心に,今後はブログ更新を
しばらく続けてみようかと考えています。
2011年10月05日
ライダーベルト
もう1ヶ月以上前にもなるのですが,セガレにせがまれ作らされたのは,自作のライダーベルト。
「仮面だライダー・オーズ」が変身する時に出できてたやつです。
実はコレ,なかなかの力作なんですよ。なんせ小学校の頃は元来のものぐさで
図工の時間にまじめに取り組んだ記憶がありません。なのでこういうのは本来苦手。
散々せがまれ厭々やり始めたのですが,取り掛かってみれば何故か中途半端では
気がすまなくなり,自分で的にはけっこう頑張ったのですよ。
この「オーズ」とやらのヒーロー,ライダーベルトで変身する時にはベルトのバックルに
当たる部分にメダルを三つ入れてなんチャラかんチャラとか言うので上部をなぞり
そして最後にはバックルを傾け変身に至る,と言う段取りなんです。
自作ベルトはちゃんとにメダルの装着が自在で,バックルも左下に傾くように設計。
うんうん,われながら頑張ったなぁ・・・・・・・。
材料はボール紙とクリップひとつ。それに余ってたストラップにテープ適量。これだけ。
ああ,それとわたしの根気だな。こんなにちゃんとは小学校でやらんかったもんなぁ。
しかしコレを製作してものの1週間,仮面ライダー・オーズはシリーズ終了。
新たに「仮面ライダー・フォーゼ」とやらがニューヒーローとして登場。
当然の如くわたしの作ったライダーベルトは忘れ去られて部屋の隅で埃をかむって
たたずんでいます。
まぁ,子供のおもちゃなんてこんなもんさ。
てなワケで,今日もお父さんはがんばるのです。 おしまい
2011年09月26日
カップレーゼ
先週何気なしに新聞の文化面を見てますと,「お料理コーナー」に「新しい豆腐の食し方」などと
出ています。 なんてことはありません,ただ絹ごし豆腐に塩をまぶしペーパータオルに包んで
冷蔵庫で一晩水抜きをする,と言う話しです。
しかしこうすれば豆腐の旨味が凝縮され,風味はフレッシュチーズに似たものになる・・・・・・・なんて
紹介されているのです。よってこれまでの和風のレシピはもちろんの事,洋風のメニューにも
応用可能だと。面白いところはクリームチーズの代用としてチーズケーキが作れるとか。
実は以前豆腐でチーズケーキを作った事があります。まぁ確かに美味くない事はなかったのですが
豆腐と言うヤツは煮れば気にならないものの,焼きが入るとニガリ成分のマグネシュウムが
顕著になり,よってちょっと苦味のきいたスイーツとなります。まあ,好き好きかな。
けど,あらかじめ水分を搾っておくと,その分抜けて余り苦味が出ないようです。
これはお試しの価値ありかもしれません。
土曜の晩に塩しておいて,日曜の晩のメシのタネにと考え作ってみたのはトマトとモッツァレラを
合わせてのカップレーゼです。3種を同等程度にスライスして重ねあわせ,少しの降り塩と
オリーブ油,乾燥バジルとバルサミコ酢をサラリと掛けてみました。
まったく簡単なお品。材料費も掛かりません。下ごしらえは豆腐に一晩前に塩するだけで
調理らしい手間ひまもナシと。それでいて至って美味いのですね。特にクドイ料理で酒は
飲みたくないと言う向きにはもってこいのレシピでしょう。アルコールの類いも選びません。
ワイン,日本酒,焼酎類からビール,ハイボールと何でも来いって感じ。まぁ余り甘口の
カクテルとかは合いませんでしょうか。
豆腐の塩気は表面を水で洗い流せば余り気になりません。食感はモッツァレラって言って
しまうにはちょっと歯応えが足りなのですが,確かに何かしらチーズを思わせる感じがなくも
ないかな。これ自体が特別美味くはないのですが,いろいろと応用が利きそうな食材であり
これからいろいろ活用できるかな,と期待してます。特に賞味期限が気に掛かりだしたら
とりあえずこうして置けば数日は寿命が延びることでしょう。
2011年09月20日
牛肉生春巻きまき
特別凝った週末料理と言う
ワケでもないのですが
こしらえたのは,牛の細切れ
肉の中にエノキやアスパラ
それに息子のリクエストに
従っチーズを仕込んで
海苔と生春巻きの皮で巻いた
モノをフライパンでソテーしま
した。
初めは牛肉で野菜類を単純に巻き巻きして焼くつもり,だったのですが,買って来たのは
細切れ肉。こんなじゃあ,巻けませんって。
「イヤ,これでゼッタイ巻けるはず」と主張して選んだのはウチのばか女房。 巻けねぇっつーの。
なので苦肉の策,急遽生春巻きさんのご登場願いました。
結果としてこれ幸い,なかなかいい按配の食感となり,それなりに美味かったですよ。
仕込みも割りと楽で,食べても実際以上に牛肉食った気になれます。もうこの齢なら
これでいいかな。胃腸の能力超えて欲張りますと後が面倒な事になりがち。
例えば・・・・・,腹がもたれてぐったりしたり,翌日の便が異様に臭かったりします。
これ,調子に乗るとクルクル巻けてたくさん仕込めます。とりあえず全部焼いといて
食い余したら三分の一位にカットしたら弁当のおかずにもってこい。
何故か味かなじんで一晩置いた方が美味かったりします。
よろしかったら是非お試しを。
2011年09月13日
ゴーヤ・ラガー
8月の半ば,一年ぶりにやった来た沖縄那覇の観光スポットである国際通り。
この通りの真ん中辺りにあるのが「Helios Beer」のパブです。
そいえば去年もこのオジサンが店の前で立って,お客さんを出迎えてました。
その他多くの店と違い,このオジサン,客引きなんてマネは一切しないのです。
ただ立っててニコニコしてるだけの様子。それで新規のお客が入ってくれば会釈するのみ。
ただそれだけ,なんで,店が忙しくなったら中を手伝えばいいものを,けしてそれはしないのですね。
まぁ,それもある意味いい趣なのかもね。
七月の終わりに患い始めた頚椎ヘルニアは2週間経っても完治せず(当たり前さ!)
よってずっと前から楽しみにしてたヘリオス・ビールは限定一杯でガマン。まぁ,それでもやっとこ
飲み干せるまでなのでした。
前回飲んだポーターはなかなか良かったので再度,と思ったらなんと「蔵醸中」の張り出しが・・・・・・。
結局それって,「出来てません」って事なんでしょ。 ああ,ちょっとがっかり。
ここのは南国フルーツの爽やかさいっぱいのバイツェンも美味しいです。
しかし今日は限定一杯の日。ならばまだ試みた事ないものを飲んでみっかな・・・なんて。
なんせ次いつ来れるか判らないビアパブなんです。
そこでトライしてみたのがゴーヤで仕込んだビール。もちろん沖縄限定モノ。
世の中いろいろなタイプのびーるがあるけど,いわゆる「キワモノ系」に属するもんだと思いました。
いくらなんだってニガウリのビールなんてねぇ・・・。そう思っちゃったって責められません。
実際去年は飲んでみる気もしなかったこのビール。 でも今回何故だかチャレンジしてみたくなり。
結論から言うと,これは「当たり◎」です。けっこうな的当たりなビールです。
つまり通常ポップで醸す苦味・香りをゴーヤの苦味と,いい意味での青臭さで代用したビール。
苦味がキリッとしてて透明感のある感じ。で,クドクドと後腐れを残さないので次が続きます。
ほのかな青臭さは苦味とあいまって,モルトのコクをバランスよく演出してます。
まぁもともとドライ仕立てなんですが,最初から。しかしドライなビールの欠点である物足りなさは
独特の風味で個性を出してるので飽きさせない感じ。
これはいいビールだと思いました。「キワモノ扱い」してた事をワビなければなりませんな。
これ,一飲の価値(そんな単語あったっけ?)ありの飲み物だとおススメしたいですね。
タグ :Helios Beer
2011年09月08日
新たな仲間
先々月より,我が家に
新しいお仲間が加わり
ました。
息子が隣のとなりさんから
メダカをオス・メス一匹ずつ
もらってきてしまった
のです。
結局こうなれば,日々の
面倒をみるのはこの私と
なるのです。
ああ,また日課が増えてしもうた・・・・・・。 子供の情操教育上,生き物がいる生活とは
いいもんでょうが,まぁ人間の子ではないにしろ,生き物ですから,それぞれによってまた
いろいろと飼い方を勉強し,毎日の観察と環境向上の工夫やらが必要となります。
面倒のようで面白げ,でもやっぱめんどくさいかな。
やってきた内の一匹は1週間すると弱って死んでしまいました。
下さった家の奥さんはオス・メスで分けてくれたのですが,いったいどっちが残って,どっちが
いなくなったやら,子供の図鑑でいくら調べてみても,一向に判然といないとです。
だいだいこのさかな(?)ちっちゃ過ぎ。よわい四十何ぼにもなれば見えませんって。
見ようとしてもチコチコ動きやがって捉えられません。
まぁどっちでもいいや,その内くれた家の方に確かめてもらえばいい,なんておもっとったら
ある日気付けば糸クズ見たいのがふたっつ泳いでるじゃありませんか。
それこそ虫眼鏡もちだし観察してみれば,どうもメダカの子供らしい。
それは日々生長してって,次第に楽に目視できる程に。
こいつらもらって来たつがいの子なのか,もしくは付けてくれた水草に最初から卵が生み付けて
あったのか・・・・・・? でもまぁ,生き物って面白いですな。
いつの間にか片方は消えていなくなっておりました。大きいのに食われちまったか
もしくは弱って死んでしまったのか。なんせちゃんと目視できる前にはいなくなってたのですから
どうなったかはしれたもんじゃありません。
下さった方に訊けば,親もけっこう生まれた小さいのを食べちゃうそうです。なので生まれると水槽を
分けるそうだとか。それと生存率は三割くらいだと。けっこうシビアです。
しかしそのご残った大小一匹ずつはいたって元気で,この頃は食欲も旺盛になりました。
あわよくば,雌雄別々で,繁殖していったらおもろいですよ。
でもそうなったら私の日課も更に増えるかな・・・・。
2011年09月02日
手作り餃子
日曜の晩飯にと作った
餃子です。
見ての通りの焼き餃子。
でもホントはわたし
水餃子の方が好みなん
ですが。
何ゆえに焼き餃子になった
かと申しますと,キャベツが
大量にストックしてあった
ので,これを大量に使ってしまいたかったのです。ただそれだけの理由。
餃子はキャベツが多いとどうしても焼きの方がそぐわしいく思います。
キャベツ入りの水餃子って,あまり聞かないですもんね。
餃子って本場中国では水餃子が主流で,その作った余りを翌朝焼きにして食べる
なんてのが普通のようです。だから中国の方々だって焼き餃子食べない事はないのですね。
ちなみに今回作った餃子は皮から自家製。強力粉250gに薄力粉50g,それに片栗粉を
50g加えました。片栗を多少混ぜると皮がモチモチ・ツルっん,となるとどっかで聞いたので
加えてみました。塩適量に水は粉の約半分量。
これをコネコネしてある程度まとまったらラップして常温で半時間待ちます。
その後再びコネコネすると簡単に生地がすべすべした感じになり楽チンです。
時間を置く事によって小麦のグルテンが働き,生地に一体感が出ます。
その後は冷蔵庫で半日ほど寝かすと良いでしょう。
あんを作ったら生地を棒状に伸ばして,一個を七グラムの大きさに切り分け丸めます。
台に打ち粉をよくして手の平でつぶして麺棒で丸く伸ばします。
麺棒を手前から向こうに転がし真ん中を残すようにして押し当てます。引いたら生地を
90度回転させまた転がし伸ばす・・・,なんて事を4回やれば,理論上は中央が少し厚めに
残った円形の餃子の皮が出来上がり・・・となるのですが,これがなかなか上手くいきません。
まぁ,毎回練習ですね。理想の皮が出来上がるまではまだまだ掛かりそうです。
今回はそれなりに上手くいったと思っとったんですが,ちっと伸ばしすぎちゃいまして
手作り餃子特有の,皮のモッチリ感がイマイチ。 うん,これも次回改善の余地を残しました。




